第24話

 騎士たちが、少しずつ。

 少しずつ、道を開けてくれる。


 ハシェプスト伯爵が何かを言おうとするのを、他の騎士たちが制してくれた。


「パウペルタスの騎士は、我らを見捨てなかった聖女を忘れない」


 一人がそう言った。

 あの人は、確か戦地で腹部に大きく傷を負い、死を待つばかりだった。


「貴女は我らに待っている人々のところへ帰れるよう祈ってくれた」


 一人がそう言った。

 あの人は、足に大けがをしてもう動けないと言われていた。


「……我らがそうであったように。帰りを待つ人々がいるところへ」


 一人がそう言った。

 彼は帰りたいと、そう片目を失いながら譫言うわごとのように言い続けていた。


 ああ、私は確かに彼らと繋がっていた。

 彼らの生還を祈り、願い、彼らを待つ人々のところへと。

 それはこの国の人だけではなかったのだと、気づくのがあまりにも遅すぎた。


「聖女様」「聖女様」「聖女様」


 誰かがそう言った。それは段々と数を増やした。

 彼らは私に向かって騎士の礼を取る。


「どうぞ聖女としての務めを果たされますよう。我らパウペルタスの騎士は、ご武運をお祈りいたします」


「……ありがとう、みなさん」


「馬鹿な、馬鹿な! 聖女だぞ!? 癒やしの奇跡を持つ女を何故自由にする! そいつ・・・がいれば我らは負け知らずなのだぞ!」


 馬上で未だ叫ぶしかできないハシェプスト伯爵を私は見る。

 彼は私を憎々しげに見て、息も荒く罵倒の言葉をいくつも投げかけてくるが何も響きはしなかった。


「そうして戦に行くのは貴方ではない」


 私の言葉にハッとして、ハシェプスト伯爵は周囲を見渡す。

 騎士たちの視線にようやく気づいたのだろう、ハシェプスト伯爵の顔色が再び青くなった。


「行きましょう、馬車を出して」


「……承知いたしました」


 私の言葉にヴァーシルが応じてくれる。

 ゆっくりと進む私たちの馬車を騎士たちは見送ってくれた。


 ハシェプスト伯爵はこの後、大急ぎで王城に戻るのだろう。

 だけれど、その時までナイジェル将軍はおとなしくしているだろうか。


(今考えても仕方ないわ)


 機を見て攻めるであろう、老練な軍人であるナイジェル将軍の考えなど未熟な私でそう簡単に見抜けるものではない。

 私は私のやるべきことを、なすべきだ。


 荷台に戻った私を、ウィルとウィニーが抱きつくようにして迎えてくれる。

 ホッと息を吐き出して彼らを抱きしめ返し、ラシード殿下の隣に腰掛ける。


 とても、疲れた。

 とても怖かった。

 だけれど、騎士たちの言葉がそれらを凌駕してとても、嬉しかった。


「……よく頑張ったな」


 ラシード殿下はそう言って、私の肩を抱き寄せてくれた。

 涙が次から次に溢れて止まらなかったけれど、こんなにも幸せな涙は初めてだった。

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