第23話
「ラシード殿下。この場は私にお任せいただけませんか。そして、もしも万が一……どうしようもできそうにないならば、馬車を走らせ叔父様のところへ向かってください」
「ラフィーア」
「大丈夫です。彼らは私が生きていると知れば、捕らえることはあっても殺すことはありません。ですが貴方たちは違う」
そうだ、私は生きていれば利用価値のある『聖女』だが、彼らは元父親から見ればただの使用人なのだ。
「どうした! 恐れ慄き、自らの罪に苛まれているのか! 今すぐ降伏するならば貴様たちを再度奴隷の身分に落とし、鉱山での労働に――」
楽しげに大声で話すあの人は、あんな人だったのだろうか。
私の記憶の中にある父親は、もう少しだけマシだった気もするのに。
いいやそれは私が
少なくとも、過程はどうであれ父はああなってしまった。
それが少しだけ、悲しくなった。
「お願い、ラシード殿下」
「……わかったとは言えない。もしその状況になったなら、相手の馬を奪ってでもお前と逃げる」
「ハキム」
私の懇願するような声に、ハキムが困ったような表情を浮かべて静かに頭を下げた。
その作法は、まるで私に仕えているかのようで思わず目を瞬かせる。
「……ラフィーア様のお心のままに」
「ハキム!」
「殿下。この場においてラフィーア様のお言葉が一番現実的なものであり、そして正しいのです。殿下もそれはおわかりでしょう」
「だが」
「騎士たちの出方次第です。これまでのラフィーア様の行いか、それともあの伯爵の言葉か、どちらに従うかを選ぶのは彼らですから」
「ありがとう、ハキム」
これまでの私の行い。
それについて騎士たちが感謝してくれたことはあるけれど、彼らの忠誠は国にある。
王家の命令としてここに来た彼らが、私の言葉を受けてどう動くのかは未知数でしかない。
それでも、私が行くのが、最善であると思ったのだ。
「どうした! 今すぐに……ん?」
私はヴァーシルの手を借りて、御者台に立ちフードに手をかける。
出てきた女に元父親が怪訝そうな声を上げたけれど、私は視線をそこには向けなかった。
「お聞きなさい、王国の騎士たちよ!
祖国のためにその身を投げ出し、その命を賭けた騎士たちよ!
私は死んでなどおりません。そして彼らは私を守る者。
王家に遣わされた騎士たちよ、私の言葉に耳を傾けてください……!!」
できる限りの大きな声で。
そして、できる限り堂々と。
緊張で今にも震えてしまいそうな私は、きっと顔色もよくないことだろう。
騎士たちの幾人かが私のことを記憶していたのか、動揺する声が聞こえて……それが
私の元父親はギョッとした表情できっと同じように青い顔をしているのかと思うと、なんだか少しだけ笑ってしまいそうだった。
「なっ、ばっ、馬鹿な……ラフィーア、お前は死んだはず……そうか、貴様はラフィーアの偽物だな!? おのれ、姑息な……」
「我が子を見誤るほどに会っておりませんでしたものね、ハシェプスト伯爵。お元気そうでなによりですわ。ミューリエルでさえ私に顔を見せてくれたのに、伯爵は一度もおいでにならなかったのですから仕方のない話ですわ」
「……ッ、戯れ言を……ラフィーア! 貴様など奇跡の力がなければ下働きも同然だったのだぞ!? 生きていたならば何故従おうとしないのだ!」
「あら。先ほどは偽物と仰ったのに次はお認めくださったのですね」
私の嫌味にあっという間に
聖女となった直後までは、父として慕っていた相手だというのになんとも不思議なことだった。
「騎士たちよ、聞いてください」
でも元父親が私を下働き扱いしていたとその口で発言してくれたのは、良かったかもしれない。
私は改めて騎士たちに呼びかける。
「確かに私は一度死んだのです。けれどここにいる方々のおかげで神は奇跡を起こしてくださいました。私は聖女と呼ばれる身ではありましたが、あくまでそれは〝この国の民のため〟のもの。本来の、神のご意思に従い行動をしたいのです」
私の言葉に、騎士たちがどうしていいのか判断に迷っているようだった。
王家が言っていたことと、そして今の聖女の姿、それから私の存在。
彼らが王家に
「……あなたがたは国に忠義を尽くす者。その背に民を守る者。聖女ラフィーアは死にました。ここにいるのは名もなき、ただの神に仕える女です。どうか道をお開けください」
「ラフィーア様」
「聖女様、この国を捨てるのですか」
「いいえ。いいえ。騎士たちよ、私たちを見てください。彼らはヴィダ国の民。彼らは私を聖女であった女と知っても尚尽くし、良くしてくれました。魔力欠乏症で死を待つ私の心を支えてくれました。私は成すべきことがある。だからこそ神は私に命を授けてくださったのです」
どうか、私の声が、言葉が彼らに届くように。
祈るように私は言葉を紡ぐしかできない。
「どうか私に、神の意志を少しでも全うする機会をください……!!」
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