第21話

 そして移動は、夜ではなく日中にした。

 人の目があった方が何かと都合がいいし、国王も動けないだろうと予想してのことだ。

 

 自分の偽の墓が遠ざかっていくのを眺めながら、私は馬車の荷台の隅に縮こまるようにして座る。

 隣にはラシード殿下が、向かいにはウィルとウィニーがハキムを挟んで緊張した面持ちを見せていた。御者はヴァーシルが務めてくれる。

 もう偽名でなくともいいだろうと、彼らは人前以外では本来の名で違いを呼び合っていた。


「……ハキムは家族を病で亡くしているんだ」


 小さな声でラシード殿下が教えてくれた。

 我が子を重ねているわけではないのだろうけれど、ウィルとウィニーたちに思うところがあるのかもしれない。彼らもまた、ハキムに対して親しげな表情を浮かべている。


(このまま、何事もなくサージ叔父様のところにたどり着ければ良いのだけれど)


 身の安全が保証されて、彼らが無事祖国に帰れて……ウィルとウィニーのその後についても、きっと選択肢が増えてくれる。

 ただ、叔父様のところに行き着くまで、慎重に動かざるを得ない。


 認識阻害の魔法というものは、そこにいてもまるでいないかのように存在を薄くするだけで、実際に消えたり見えなくなるというものではないのだそうだ。

 だから私は行き交う人々の前では決して声を出してはならないし、なるべく身動きも取らないでほしいと言われた。


 あの館から叔父様の館まで、馬車であるがゆえに大きな街道を通らざるを得ないため夜通し向かったとしても最低四日はかかる。

 食料品と水は買い込んでいるとはいえ、それでも途中で馬を休ませたりしなければならないし、なによりウィルとウィニーはまだ子供だ。

 彼らに負担は強いることなどできない。


「……ラフィーアは大丈夫か?」


 返事はできないが、笑みを返すことはできる。

 私は従軍していたこともあって、馬車で長く揺られることも慣れていた。

 王子の婚約者だからといって特別扱いなどされたことはないし、むしろラシード殿下が事細かに気を遣ってくれるので今の方が居心地が良いと感じるほどではないだろうか?

 とはいえ、それを言葉にして伝えることは無理なので、精一杯笑顔で大丈夫だと伝えるだけに留めるのだけれど。


「無理そうな時はいつでも俺に伝えてくれ。どんな行動でもいいから」


 ほら、そうやって甘やかすのだから!

 困ったものだと思ってウィルとウィニーの方へ視線を向けると彼らはハキムに寄りかかるようにして眠ってしまっていた。


(どうか、この穏やかな時間が守られますように)


 馬車の中で祈りを捧げる。

 それが届いたのかどうか知らないが、天候に恵まれた私たちは行く先々で馬を休ませる場所に野営もできたし、足止めされることなく進むことができた。

 

 街道であるがゆえに行き交う馬車で会話が発生することもあったが、その際は私はできるだけ小さく、ラシード殿下の影に隠れるようにするだけだ。


 基本的な応対はヴァーシルとハキムがしてくれるし、彼らに注意が向けばそれだけ他者は私のことを認知しづらくなるはずなので、とにかく私は黙ってできる限りジッとしていた。


 そして三日目の昼下がり。

 

「この森を抜ければ、砦が見えてくるはずです」


「わかった。警戒を怠るな」


「……いえ、待ち伏せされているようですがいかがなさいますか」


 冷静な声でドライがそう確認してきたことに、どきりとした。

 待ち伏せしているのが必ずしも我々を探してのこととは限らないけれど、自分たちが隠れて行動している側だということからどうしたって気持ちが焦るのだ。

 大人しくしていなければならないし、大人しくしてさえいれば大丈夫だと頭では理解しているけれど……それでも、心臓がバクバクする。


「相手が何者か、わかるか」


「王国の騎士かと。前に立つ男は見覚えがありません」


「……周囲に他の馬車もない。あちらから攻撃を仕掛けられるまではこのままでいろ」


「承知いたしました」


 馬車は止まらない。

 変わらぬ速度で進む。


 ああ、どうか呼び止められませんように!

 そう願う私の思いをよそに、冷たい声が馬車の中まで聞こえて来た。


「そこな馬車、止まれぇい! 貴様たちには聖女ラフィーア様殺害の容疑がかけられている! このハシェプスト伯爵アジヌスが貴様らを捕らえてくれようぞ!!」


「へえ。ラフィーア殺害容疑、ねえ」


 よりにもよって、私たちを捕まえようとするのが父だなんて。

 愕然とする私をよそに、ラシード殿下は獰猛な笑みを浮かべる。


「この俺が、愛しい女を殺したと……言ってくれるじゃあないか」

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