第20話

 ウィルとウィニー、そしてドライは何が起こったのかよくわからないまま、私たちに急かされるようにしてそれでもしっかりと役目を果たしてくれた。

 適当に私が着ていた服を纏わせた藁人形を既に準備済みだった棺桶に入れ、届け出を出した翌日に裏庭で焼き始めてもらう。


 なんで棺桶なんて用意していたのかと全員に突っ込まれたけれど、そこで『余命一年と言われていたこと』『私の死をもってこの国との縁が切れること』『ここにいる全員が自由になれること』が今回の目的であったことを明かした。


 ウィルとウィニーには泣かれたし、ラシード殿下は難しい顔をするし、ハキムは無表情で怖いし、ドライだけがただ困惑していてそこに救われた感じだろうか。


(死ぬとわかっていたから手配で手間取ることがないようにと書類と棺桶を用意して置いただけの話で、まさか偽装工作をすることになるなんて準備をしていた当時は思わなかったもの)


 魔力欠乏症は死に至る病。

 だから私はそれに向けて準備を進めていただけで、どうしてみんなそんなに非難するような目を向けるのかしら。


 少しだけ拗ねたくもなる。


「おそらく王家の密偵が私の死を確認するために、常に周辺をうろついていると思うの。問題はどうやってそれらの目をかいくぐって叔父様のいる砦まで向かうかだわ」


「砦に向かう理由はご挨拶と、遺骨の散布ということで正当性は持たせられるでしょうが……ここには女性の使用人はウィニー殿だけ。一人増えていては騙しようもありませんな」


「その通りなのよね……」


「なら馬でまずは俺とラフィーアが先に出るか?」


 アインが事もなげにそう言った。

 勿論、それに呆気にとられている場合ではなく、いの一番に反対したのはドライだ。


「承服しかねます。殿下の御身を守る者がいないのは……」


「認識阻害の魔法が使えるのは、俺とハキムだ。馬車で移動する際にラフィーアにそれをかけるのでもいいが、正直認識阻害対策はどこの国でも行っているだろうし、馬車での移動はやや移動速度に不安がある。それに密着していればより強く影響を及ぼせる」


「それは、そうですが……」


「用心棒役の奴隷がいなくなっては怪しむ者が増えるだろう。先に一人出ていった、そう見てもらえれば御の字といったところか」


「ですが追われる可能性もあります」


「そうだな。だが大多数は残すだろうさ」


 ツヴァイの言葉にもアインは引かない。

 困った二人は私を見る。


「……いくらなんでも無茶ではない? アインが武芸も秀でているのだとしても、私を連れて万が一追っ手に襲われた場合を考えると」


「そうだな。俺は相手を容赦なく切り伏せるしかないだろう」


「……」


「お前が、それを良しとしなくてもだ」


「なら、私も賛成できないわ」


 なんのためにこの行動をとるのか。

 多数を救うために少数を切り捨てる方法は、どうしたってあるだろう。


 でも私が私として自由になるために、パウペルタスの現王に利用されないが為だけに偽装工作をすることによって巻き込まれる人が出るのは極力避けたい。

 それは後の軋轢あつれきにも繋がりかねないことだし、ヴィダとの国際問題になってしまうし……。


「……わかったわかった。だがまずサージ殿に報せを送らないわけにはいかないだろう」


「そうですね。ウィルとウィニーに手紙を出してもらうようにしましょう」


 手紙を出した後、彼らが火葬をして出発したとなればそれで大丈夫なはずだ。

 王家からの正式な使いが来る前に、貴族たちがまず王家に対して問い合わせと、この土地について探りに動いているだろう。


 いずれにせよ、王家がすぐ動きたくても貴族たちへの対応で動けなくなるに違いない。


(私という聖女を見捨てたことも、ミューリエルを選んだことも、貴族たちの前でどう説明するのかしら。少し見てみたかった気もするけれど……)


 アーウィン殿下もミューリエルもまだ若いので、これからあの甘ったれな性格をナイジェル将軍に叩き直してもらえばいいのに……なんて少しだけそんなことを思ってしまう。


「とりあえずは大きな荷馬車を買っておいてよかったわねえ」


 買った当時は彼らとウィルとウィニーが出ていくことだけを考えて買った馬車。

 いろいろと荷物を買うからとかなんとか当初は言い訳したものだけれど、過去の自分を褒めたいところだ。


 私が一人満足していると、アインが少しだけ不満そうに言った。


「せっかく二人きりになれそうだったのにな」


「……今、そういう場合じゃないでしょう!」


 ラシード殿下は、この先どうしたいのだろう。

 私はその質問をぐっと呑み込んだのだった。

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