第19話

 その後、私たちは……というか、私の治癒で回復したラシード殿下に手伝ってもらって、私は自身の死を工作することにした。

 今や残念なことに聖女としての名声を失ったミューリエルは美しいだけの伯爵令嬢であり、王太子の婚約者であるからそこに助けられている状況だ。


 国内でも人気の高いナイジェル将軍がそっぽを向いてしまった王家に求心力はもう残っておらず、今回の奇跡の輝きを目撃した話が王家に届けば彼らは私を連れ戻そうとするに違いない。


(アーウィン殿下も、この間の様子を見る限りミューリエルの扱いに困っていたようだし……私の方がまだマシだとか思っていそうでいやだわ)


 私がさらなる奇跡・・・・・・で聖女としての力を取り戻し、復活を遂げた……などと銘打って再婚約などさせられてはたまったものではない。

 当初の予定とは少し異なるけれど、筋書きはこうだ。


 元聖女のラフィーアは魔力欠乏症によりその命が尽きた。

 その瞬間を神が看取ってくれたのか、美しい輝きが空に満ちた。

 故人の遺言に従いその亡骸は火にくべられ灰を山に撒く予定である。

 また生前の契約に則り、土地家屋は国へ返還され、奴隷と使用人は解放、給金は故人の遺産から支払われるものとする。


 私はこの館に暮らし始めてから他の人と付き合いは一切ないし、尋ねてくるとすれば王家に関係する人間と、ミューリエルくらいだ。


 義妹であるミューリエルとハシェプスト伯爵夫妻は私の死をむしろ喜ぶだろうし、この土地家屋に関しては王家の所有となることが明言されている以上、遺産などについても口出しはできないことになっている。

 わざわざここまで来ることもないだろう。


「でもさすがに土葬が標準のこの国で、火葬と遺灰を山に撒く……というのは盛りすぎではないかしら」


「神からのお告げでもなんでもいい。とりあえず遺言状にそう書いてあると置いていけば連中だって納得するだろ。そもそもラフィーアの存在を隠していたのは王家だし、これ幸いと存在をそのままなかったことにしようとしてたんだ。元気になったからまた働けなんて言わせるわけがないだろう?」


「まあ、それはそうなのだけれど……」


 とりあえず向かう先は、サージ叔父様のところだ。

 そしてラシード殿下たちと共に、ヴィダ国へと入る。

 最終的にはラシード殿下の兄君にお会いして、私の奇跡の力が及ぶかはわからないけれど……祈りを、捧げさせてもらえれば。


 兄君はこれまでご自身の命が危ぶまれる中でそれを押して暴君を演じ、ラシード殿下が王位に就くことを望まれた。

 けれどラシード殿下はそれを望まない。


(でも、病さえなくなれば)


 そう都合の良い話はないだろうと思う。

 けれど私が再び奇跡を起こせるのは、きっとそうではないかと思うのだ。

 これは私の願望かも知れないけれど。


 魔力欠乏症から幸いにも助かった例は数えるほどしかなく、その彼らはいずれも以前に持っていた能力を失っていたとあった。

 それなのに私の祈りを神が聞き届けてくれた、それについて考えればきっと私の行動は間違っていないと思うのだ。


(聖女として、必要だから)


 そうすればきっと……ナイジェル将軍が反旗を翻したとしても、ラシード殿下の兄君がしっかりとなさってくだされば。

 あるいはラシード殿下が、口添えをしてくだされば。


 カリドスのこともあるとはいえ、パウペルタスの民の安全を守ることができるはず、なのだ。


(その先については、考えてはいけない……)


 私はパウペルタスでは死んだことになっている。

 ヴィダ国でどのように扱われるかはわからないけれど、王子二人を救うことに協力した女を放り出すことはない、と信じたい。

 けれど私はつい最近まで戦争をしていた相手国の聖女だった女でもあるわけで……。


 少なくとも、ラシード殿下からお気持ちをいただけたとしても、それに見合った人間としては扱ってもらえないはずだ。

 それは自身が貴族令嬢であったからこそ、わかっている。


 わかっているから。


「もう三人のことは偽名で呼べませんね」


「……この国を出るまでは、そのままアインとお呼びくださいお嬢様」


「ふふ、それじゃあもう少しだけよろしくね。アイン」


「かしこまりました」


 そう、わかっているから。

 だから、もう少しだけこのままで。

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