第16話
私はただ目を瞬かせるしかできない。
彼が私に対して好意的なのは理解していた。
それは叔父が信頼できる相手と言っていたこともあったし、ここでの暮らしの中でのウィルとウィニーに対しての態度だったり、彼の従者たちから信頼と尊敬の念を向けられていることだったり、要因は様々だ。
勿論それらを見て、私自身も彼のことを好ましく思い、そして……僅かながらに慕情を募らせたこともあって、より良く見えているのだと思う。
「たとえ治癒の力がなくとも、ラフィーア。貴女は確かに聖女だ」
「……殿下」
「大勢を見守る貴女は本来ならば誰の手も借りず生きていけるのだろう。でも今は……俺の助けを必要としてくれる」
この動かない体は、誰かの助けを必要としている。
この声を届けたかったらその場所に行くまで誰かの手を借りなければならない。
それはいつだって、私の傍らにいる彼の役目だった。
少なくともこの家に来てから、ずっと。
初めこそ互いに緊張もしていたし、遠慮だってあったけれどいつしか打ち解けて軽い冗談を交えることもあったし、恥じらいはあっても素直に頼れるようになった。
でもそれを、彼が喜びとして捉えていたとは、想像もしていなかった。
(え、だって、そうよね? くちづけは……そういう、ことよね?)
混乱しながらも私はただ彼のまっすぐな視線から目が逸らせないでいた。
傍らに膝をつくようにして、私の手を握るその姿は第三者が見れば弱り切った恋人に寄り添う男にしか見えないに違いない。
実際のところでいえば私たちの関係は、なんというか……そう、とても複雑だ。
想いは、おそらく重なっているのだと思う。
だけれどそれを明確にするのは怖い。
だって私の命は失われるし、彼はその身分から祖国に戻りその立場と見合った女性を妻に迎えなければならないだろう。
(それでも、あと僅かだから……夢を見せてくれている、という風でもないわ)
こんな時までそんなことを考える自分が滑稽ではあるけれど、私はただ彼の言葉を待った。
きっと、続きがあるのだと思ったから。
「どちらかといえば魔術についてはヴィダ国の方が発展していると思う」
「……そう、ですね」
どこの国にだって得意分野があり、ヴィダは魔術とそれに派生する魔道具、パウペルタスは豊かな資源から作り出す機械技術といったように。
「だから、魔力欠乏症についても研究は結構されていて、俺も論文を読んだことがある」
「まあ……」
死に至る病。
勿論それについて知ることで、予防や対策にもなるだろう。
だが多くの人はそれを禁忌のように取り扱う、それがパウペルタスでの一般的な反応だ。
それは魔術や魔法といったものに頼ることが少ないし、尽きるほど使う必要もなかったからということが大きいのだと思う。
反対に、ヴィダは魔術が盛んなだけに学びの途中でも仕事でも、魔力の枯渇には十分気をつけつつ行使しているからこそ身近な問題なのかもしれなかった。
(本当に、隣同士だというのに国が違えばこんなにも違うのね)
感心する私に彼はそっと笑った。
そして私の手の甲を親指の腹でさするようにして、目を閉じる。
それがなんでかわからないけれど、残念な気がした。
「怒ってくれていい」
「え?」
「俺は、ラフィーアがこのままいなくなるなんて許せそうにない」
「何を」
「誰よりも生きてほしいし、達観した穏やかな笑みも好ましいが、もっと多くの表情を知りたい」
彼が目を開けたのをみて、私はハッと息を呑む。
じわりと、指先から彼の体温とは別の熱を感じて私は必死にいうことを聞いてくれない体を起こし、彼に握られていない方の手を伸ばした。
「だめっ……」
「
私が引き剥がそうとしても、ラシード殿下の手はびくともしない。
温かい魔力が、私の中に流れ込んでくるその感触。
(これは命そのものだ)
流れ込んでくるのは私のものとは違う魔力。
だけれど欲していたそれを得て、体中が歓喜に震えた。
「俺の魔力を受け取って、愛しい人」
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