第14話
ナイジェル将軍に手紙は届いただろうか。届いただろう。
その後、一度だけ父親から手紙が来た。
ハシェプスト伯爵家のために尽くせ、義妹の為に治癒の奇跡を起こせ……と書いてあった。
私が魔力欠乏症で隠居することも、報酬の一部を父親が受け取ったことも、今後迷惑をかけないために
アインに手紙の内容を読み上げてもらいながら、苦笑が零れた。
「強烈なお父上なことで」
「もう、書類上では縁が切れているのだけれどね」
「そういう意味ではサージ殿とも?」
「まあ、そうね」
私を除籍する際に、父がこっそりと叔父のこともハシェプスト伯爵家から除籍したことも、それを叔父と対立側にいた宰相が許していたことも私は知っている。
そして叔父もそれを知った上で放置しているということも。
『上手く立ち回るんだ、ラフィーア。私たちは貴族。民を、国を護るために尽くす者なのだから』
(……ええ、わかっているわ。叔父様)
叔父からの手紙は、まだない。
私に残された時間は、あと二ヶ月程度。
ウィルとウィニーが市場で話を聞いてきたことと新聞の内容によれば、ナイジェル将軍が引退して後継の将軍が立ったということだった。
王太子殿下に関する話題はなく、最近は聖女の慰問も話題になっていないようだ。
(殿下の言葉と父の手紙から、ミューリエルが困ったことをしているんだろうってことはわかるけど。もしかして聖女としての立場が危ういのかしら)
まあ今更縋ってくることもないだろうし、ミューリエルは私が
せいぜい『この大事な時に役立たずだ』とか思ってくれていればいい。
接触されても面倒なだけだ。
「……アイン、今から少しだけ未来の話をするから、貴方に託してもいいかしら」
「なんでしょう、お嬢様」
ぼんやりと窓の外の景色を眺めながら、私が呼びかければ彼は車椅子の傍にすぐ来てくれた。
本当は目を見て話すべきだと思いながら、私は庭に視線を向けたまま口を開く。
「私が死亡した場合、この近くの教会で引受人がいないことを示す書類がそこの棚に一式まとめてあるからそれを持って埋葬の手続きをしてほしいの。その代金も一緒に入っているわ」
「……」
「それから役所で私の死亡届を出して、机の中に入っているこの家と土地の権利書を見える場所に置いておけば役人が数日後には処分しにくるでしょう。だから私の死後、家財は売り払うか必要に応じて持って出て」
「……」
「金庫には前にも話した通り、貴方たちが一年後奴隷から自動的に解放されるとういう契約書がしまわれているから、万が一その首輪が外れなかった場合に奴隷商へ持っていって。お金に関しては全て持って行ってくれて構わない」
「……」
初めからこれが決まっていたこと。
叔父は、義妹が聖女と王子の婚約者の座を欲しているからくれてやれと言った。
そして私もそれに同意し、報奨と慰謝料で隣国との架け橋となってくれる人材を買って彼らが無事に戻れるまで面倒を見る予定だった。
だけれど、私は魔力欠乏症となり、戦とは違った意味で死を身近に感じざるを得ない状況になってしまった。
報奨の上乗せや、王家や貴族たちからの干渉をさせないために自分の命を駆け引きの材料にした。
やれることは、やっておいたはずだ。
私が前もってお願いしておいたから、ウィルとウィニーの行く先も、安心だ。
ラシード殿下ならきっとあの子たちを無下にはしないだろうし、叔父に託してくれてもいい。
ここにあの二人を残さないでくれさえしたら、あとはきっと。
「ラシード殿下。これらを踏まえて、もう一つお願いをしてもよろしいでしょうか」
「……なんだ」
「私の考えが正しければ、国内で騒ぎが起きることかと思います。ラシード殿下が王位を望む望まないに関わらず、どうか……民が、苦しまぬようお力をお貸し願えませんか」
「……どうして、そこまで?」
私の願いを受け入れるかどうかは明言を避けて、そう問われる。
だがラシード殿下からすれば、当然の疑問だろうか。
私はそっと自分の手を見た。
酷く痩せ細ったその指先だけ、綺麗に塗られている。
ラシード殿下の目の色に似たその色を見ると、心が少しざわついた。
「私は奇跡の力を授かり、この戦で多くの騎士たちを、癒やしました」
癒やし、そして送り出した。
この国の貴族として、その力を発揮せよと命じられたからだ。
だけど、それは本当にこの奇跡の力の使い道だったのだろうか?
「癒やすことに貴賤は関係なく、私は命を救いたかった。そもそも、大切な人たちの傷を見てそう願ったのです」
「……」
「であるのなら、この奇跡の力の正しい使い方は、本当は……この国のためだけに振るうべきではないのでしょう。聖女という名に相応しいのであれば、この力は万人の為に振るうべきだったのです」
詭弁だ。綺麗事でしかない。
それでも、素直な気持ちだった。
この力が合ったから、騎士たちは国を護るために獅子奮迅の戦いができたと言えば聞こえはいいが、私は彼らを死地に送りかえしただけではないか?
そしてその為に相手方で、誰かの命が失われ、そして悲しむ人がいるのだ。
カリドスの策略に嵌まってのこととはいえ、両国が争った結果、傷ついたのは誰か。
その人々を癒やすことこそが、本来の意味で神がこの力を与えたもうた理由だったのではないか。
だからこそ、私は慢心の果てにこうして魔力を失ったのではないだろうか。
「考え始めればきりはありません。贖罪のつもりではありませんし、言い訳をするつもりもありません。貴族としては正しい振る舞いであったと思います」
「そうか」
「でも、私が死んだ先でも……ウィルとウィニーが、私が知り合った人々が、幸せな暮らしを送れたらと……願わずにはいられないのです」
私にできることは、もうないはずだ。
叔父が、ナイジェル将軍が、この国をよくするために行動している。
私は彼らの助けの一つになり、そして消えていく。
その行く先を、見ることはない。
でもそれを悔しいとは思わない。ようやく役に立てたのだと喜ばしい。
この強くて優しい人が、祖国の地を踏めるなら。
「惜しいな」
「え?」
ラシード殿下は私をジッと見て、そして跪いた。
まるで愛を乞うようだと、そんな詮無いことをぼんやりと、思った。
「あんたは、賢くて……そしてどこまでも愚かで、だからこそ美しい」
彼はそっと私の手をとって、すっかり痩せ衰えた私のその手に恭しく口づけを落とす。
そして何を思ったのか、私のことを抱き上げてベッドへと横たえたのだった。
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