第12話
戦時下で、癒やしを与える聖女の存在はとても貴重だったと思う。
私は彼らに寄り添い、力の及ばないことに何度涙を流したかもう数え切れなかった。
だがあの奇跡の力はあくまで奇跡の産物によるものであって、常にあるものではないと騎士たちはよく理解していた。
それを理解する人ほど、私に感謝をしてくれていた。
ナイジェル将軍もその一人だ。
もう老齢と言っていいその方は、彼のご子息の傷を癒やした私にたくさんの言葉をくださった。
感謝と、訓示と、警告と。
祭り上げられた小娘が、政治のいいように扱われないようにと気遣ってくださった。
王家のやりように、怒って下さった。
「そうよ……あのジジイ、ワタシのことを聖女として認められないとか言い出して……ッ、そしたら他の連中もヒソヒソしだして……ワタシが回復魔法を使えれば……!」
「……ナイジェル将軍は努力を認めてくれる方と記憶しております。殿下、殿下はミューリエルの……聖女様の婚約者なのですから、聖女の今後について、在り方を話し合ってはいかがでしょうか」
「……」
クッと唇を噛むアーウィン殿下。
パッと見ただけでもミューリエルは華やかな格好だ。
王子の婚約者、この国の貴族令嬢の頂点。
そう言われれば華やかでも当然といわれればそうかもしれないが、現状が現状だ。
戦争が終わり豊かさを
ましてや【聖女】というそこには神に仕える者というイメージがつくだけに、清貧とまでは言わずとも清廉な装いが求められるのではなかろうか。
(……当時の私はいつでも着替えやすいものばかりだったし、化粧もできなかったし……伯爵令嬢だった頃からアクセサリーなんて縁もなかったし)
そう思うと実家でのあの生活は修道女と変わらないとして神に認めていただいたのかしら。
だとしたらやはりミューリエルはまずその格好から改めるべきなのだろう。
そしておそらく、それについてはすでにアーウィン殿下も苦言を呈したに違いない。
人は見た目に印象が左右される。
ましてや第一印象とくれば、なおさらだ。
かつて傷を癒やした聖女が引退し、治癒魔法はなくとも次の聖女が立つ。
それは民心に寄り添う意味もあるので、騎士たちも文句は言わないに違いない。
だがその新たな聖女にも、前の聖女同様に『彼らが求める神の遣い』というイメージを求めることだろう。
(慰問活動やその他でミューリエルがどんな言動だったかは知らないけれど)
この子は昔から私を見下して悦に入るところがあったし、それは侍女たちに対してもそうだった。
それについては両親が私を虐げていたのだから、その影響もあるのだろうと思う。
そしてそれが外にいても同じような言動をしていたのなら、聖女としては不適格……そう考える人がいてもおかしくはないと、そう思った。
(たしかにミューリエルは美しいものね)
私の髪はくすんだ金色で、目は濃い紫色。父と同じだ。
対するミューリエルは義母に似た明るい金色で、瞳の色は鮮やかなエメラルドグリーン。
面差しはパッとしない私に比べ、目も大きく整っていると万人が認める美貌を持つミューリエル。
並べば初見の相手はまず間違いなく、ミューリエルに見惚れる。
それが事実だ。
実際、それでアーウィン殿下は義妹を妻に迎えたかったのだから。
「……殿下、少々お時間をいただけますでしょうか。私からナイジェル将軍に一筆、書かせていただきます」
「! そうか!」
「内容を検分なさるでしょう。そちらの文官様に託せばよろしいかしら?」
「そうしてくれるとありがたい。……ああ、ラフィーア。君は本当に寛容で、慈愛に満ちたまさしく聖女だ!」
「ちょっと殿下ッ!」
殿下は相当困っておられたのだろう。
ナイジェル将軍は軍の要。
あの方が王家に不信ありと態度で示せば、多くの方がそれに倣ってしまうのだろう。
もしもミューリエルが私の想像通り、我が儘な素を外でも出しているのだとすれば王家は求心力を失い始めているに違いない。
だとすれば、この状況でナイジェル将軍を失うわけにはいかないはずだ。
「可愛い義妹のためですもの。結婚式には参列できませんが、お二人が幸せになるためにも私にできる範囲で協力させていただきたいですわ。……でも」
「なんだ?」
「もうここには来ないで下さいませ。正式な契約を交わして聖女の座をミューリエル・ハシェプスト伯爵令嬢に譲り、そして正当な報酬を受けた上で今後一切口を挟まず、そして王家にも実家にも関与しないとお約束させていただいたのです」
「あ、ああ……それは、理解……している」
私の言葉にアーウィン殿下は目を泳がせるが、ミューリエルはむしろ怒りを露わにした。
彼女は私に治癒の力を寄越せと言ってきたことを考えると、おそらく『素行が悪いならせめて治癒の奇跡くらいなければ聖女として認められない』とかなんとか言われたんじゃないかしら。
(単純に『聖女らしくない』って言われただけなんだろうけど……)
ナイジェル将軍はさっぱりとしる方で、気遣いはできるけれど堂々と意見も述べる方だものね。
ミューリエルにいくら殿下の寵愛があろうと、国が認めた聖女だろうと、だめなものはだめと言ったのだろうということは想像に難くない。
これまで蝶よ花よと育てられ、私なんて比べるまでもないなんて言われていたこの子にとって、私の方が聖女として相応しかったなんて事実は認められないことだ。
だとしても、どうしようもないのだけれど。
「それでは手紙を書かせていただきますわ。少々席を外しますので、どうぞお寛ぎ下さいませ」
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