第11話
「お待たせいたしました、殿下。……それからミューリエルも」
「ふん、ワタシは来たくなかったのよ? でも、殿下がどうしてもって言うから……」
「ミューリエル、黙って。私はそもそも君についてきてもらいたいなどと言った覚えはない。勝手についてきたんだろう」
「そんな、殿下ア!」
我が家の応接室ですでに寛いでいた二人に若干呆れを覚えつつ、私は周りに視線を向ける。
アーウィン殿下と、ミューリエルと、護衛の騎士が室内に二人、ということは外にもう幾人かいるのだろう。
それから文官らしい青年、彼の姿は見覚えがある。側近だったはずだ。
(やっぱりラシード殿下は別の部屋に待機してもらって正解だったわ)
私の記憶が確かならばあの側近は国外の要人について学んでいたはずだ。
王子の婚約者だったといっても戦場にほとんど行きっぱなしだった私とは交流がないけれど、ウィルとウィニーが教えてくれた。
私自身に交流がなくとも、使用人たちの情報は侮れないのだ。
彼らが信頼して話してくれるかはまた別だけれど。
「それで、本日はどのような御用でしょうか?」
「……いや、君の……君がどうしているかと……その、病は、どうだ?」
「緩やかに」
私のところにいる使用人が
アーウィン殿下は言葉を選ぶようにしてそう曖昧に尋ねたが、真意はわからない。
まあ、予想はついている。
だけど私から水を向ける必要もないだろうとただ穏やかに微笑んで返せば、アーウィン殿下は眉を寄せただけだ。
そんな私たちのやりとりが気に入らないのか、いや、おそらくは私の存在そのものが気に入らないらしい義妹のミューリエルがテーブルに手をついた。
思いの外勢いがあったのか、なかなか派手な音がする。
「いいからあんたの回復能力を寄越しなさいよ! 何かトリックがあるんでしょう!?」
「……? 何を言っているの?」
「誤魔化さないで! 神が与えた能力? そんなわけないじゃない、あんたみたいなどこに行っても用無しの女に神が何を与えるっていうのよ!」
「……殿下、いったい彼女は何を言っているのですか?」
本当にわけがわからなくて私が説明を求めて殿下を見ると、彼は頭が痛いといった様子で眉間に手をあて、大きなため息を吐いた。
「……ミューリエル、黙っていられないなら外に行っていてくれないか」
「殿下っ、でもこの女が……!」
「黙っていろと言っているんだ」
「……ッ」
殿下に窘められてミューリエルは悔しそうに唇を噛んだかと思うと、私を睨む。
なんで睨まれなくちゃいけないのか私は首を傾げるばかりだ。
(……戦帰りの将校たちが私を探しているのかと思ったのだけれど)
私は新聞に寄れば、
戦地で多くの将兵たちと顔見知りになった私に、彼らは必ず挨拶に行くと言ってくれていた。
全ての人がそのようにするわけではないだろうが、彼らのうちの何人かは私がどこの修道院にいるのか尋ねて回ったに違いない。
そうなると困るのは王家だ。
修道院に私がいないと知れれば何故かという話になるし、私のことを正直に話せば恩ある聖女の面倒を最後まで見なかった、なかったことにしようとした事実が発覚してしまう。
だから私の状態を見て、アーウィン殿下から声をかければ喜んで彼らと挨拶をするくらい……という軽い気持ちで来たのだろうなと予測を立てていたのだけれど。
「回復の、魔法は……やはり、使えないか?」
「ええ、残念ながら」
「……そう、か。その力は、家系によるものでは」
「ございません。父であるハシェプスト伯爵ないし叔父のハシェプスト男爵に確認していただければわかるかと思いますが」
「では、ミューリエルが使える可能性は」
「そればかりは、なんとも……」
私だって偶然、というか大切な人々の傷が癒えてほしいと願ったら奇跡が起きたとしかいいようのない話だ。
神が望みを叶えてくれたと思っているけれど、それが理由だとすればミューリエルには難しいと思う。
血筋という可能性においてはないとは言い切れないかもしれないけれど……なにせ、かつていた聖女の血筋というのは貴族家の人間であれば誰でも持っていると言えるのではないだろうか?
(そういう意味ではミューリエルにはもっと可能性が低いけど、ないわけではない、の、かしら……?)
確か義母が以前お付き合いしていた平民の方との間に生まれたのがミューリエルだから。
それでもいいって父が口説いたって話をミューリエル自身から聞いているから、間違いないと思うの。
「実は」
「はい」
「ナイジェル将軍が、ラフィーアと会えないのであれば、このまま引退し、軍を辞すると」
「まあ」
ああ、思ったよりも事態は加速している。
私はそう思って笑ってしまいそうになるのを、グッと堪えるのだった。
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