第10話

 ツヴァイの見立てで残り三ヶ月。

 私はとうとう、自力で歩けなくなってしまった。


 とはいえアインが傍にいてくれるし、身の回りのことはウィニーが手伝ってくれる。

 外に出たい時には車椅子も持って来てくれるので、問題はない。


(魔力欠乏症について調べた時は、もっと苦しむものだとばかり思っていたけれど)


 徐々に弱っていく体に戸惑うことは多いが、それでも突然の痛みや苦しみはないだけ私は恵まれているのかもしれない。


 そんな中で、来客をウィルが告げる。

 酷い顔色だった。


「……そう……、ではアイン、貴方はお客様に見えないところに待機を。ドライ、ツヴァイ、同席してくれる? ウィニーはお茶の準備、ウィルは護衛の騎士を室内に入れることは認めるけれど、帯剣はお控えいただきたい旨を伝えてくれる? 強固に拒否するようであれば引いて構わないわ」


「わ、わかりました!」


「ドライ、貴方は帯剣を。いざという時は抜いて構いませんが、極力堪えてください」


「……承知した」


 私の指示に大慌てで動くみんなをよそに、アインだけがつまらなそうな顔をしている。

 そのことに私が思わず小さく笑うと、彼はそっと歩み寄って私を抱き上げ車椅子に乗せてくれた。


「どうして俺が待機なんです」


「もしかすれば貴方の顔を知っている人がいるかもしれないでしょう? アーウィン殿下は外交に参加していなかったとはいえ、殿下お一人ではないもの」


「……まあ、確かにそうですが。なんとでも誤魔化せるでしょう」


「それに、万が一を考えれば貴方の身の安全を確かなものにいたしませんと。ねえ、ラシード殿下」


 私がそう笑えば、彼は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。

 そして私の手をとって、同じ色に染められた爪先に小さく唇が落とされた。


「……守られてくれていたら、いいのにな」


 この数ヶ月、生活を共にする中で私たちはいつだって一緒にいた。

 そのせいか距離感が近いラシード殿下のその目に……少しだけ、違う情が宿っていることに私も気づいている。


 私も、彼に対して少しだけ気持ちが、揺れていることに気づいている。

 だけど気がつかないフリをする。

 それが、正しいのだろう。


 私の命はあと僅か。

 彼の命は、ずっと続くのだ。


「それにしてもわざわざ王太子殿下は何をしに来たんでしょうね」


「まあ、予想はついているの」


「おや」


 私の答えが意外だったのか、ラシード殿下……いいえ、今はアインね。

 彼は不思議そうに目を瞬かせる。


 その姿はきっと素の彼だったから、それがおかしくて私は少し笑ってしまったのだった。

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