第9話

 残された時間はあと、どのくらいなのだろう。

 そう呟いた私にアインは少しだけ考えてツヴァイを呼んで事情を話す許可を求めてきた。


 理由を聞けば、ツヴァイは本業が医師なのだそうだ。

 どうせ私の不調については、もうここに暮らすみんなが知っている。

 私は秘密を守ってくれることをお願いだけして、そっと目を閉じた。


 もう私は、自力で歩けないところまで来ていた。

 食事はなんとかなるが、それでも補助してもらうことも多いし……正直食べたくないと思う日もある。


 それでもウィニーが一生懸命作ってくれて、ウィルが私の好きな果物を見つけたからと買ってきてくれて、そんな甲斐甲斐しく私の世話を焼く双子の気持ちを考えると食べないなんて選択肢はなかった。


「……これは」


「言葉を選ばなくていいわ、ツヴァイ」


 私の事情を聞いて息を呑んだ後、静かに診察を始めてくれたツヴァイが厳しい顔をする。

 ああ、思っていたよりも悪いのだろうか。

 アインに、ラシード殿下に秘密を明かしてからは大分気持ちが楽になったおかげで進行も遅れている気がしたのだけれど。


 やはりそれはただの気のせいだったのだろう。


「私に残されている時間は、あとどのくらい?」


「……長く見積もっても、四ヶ月かと。適合者を探すか、延命のために魔石を購入するかをお勧めいたします」


「いいえ。でも、ありがとう」


 延命は望まない。適合者を探すことも。

 魔石は魔力の結晶化したもので、人工的に作り出せないからこそ価値があり、とても高価だ。

 それゆえに私を無駄に生き長らえさせる為に購入なんてしてしまったら、今ここでの生活が成り立たなくなってしまう。


 適合者を探すことも。

 失敗すれば、いくら自分が助かるのだとしても相手が死んでしまうリスクがある以上それを望むのは、違う気がする。


「四ヶ月……」


 早く、叔父様が戻ってきてくださればいいのに。

 私はそっと目を閉じる。


 目を閉じる瞬間、窓硝子にラシード殿下が辛そうな表情を浮かべていたのがわかったけれど私は気づかないふりをした。


「動ける内に手紙を書きたいわ。叔父様に、一応……どのくらいかかるのか聞けたら良いのだけれど」


 どこかで検閲されることを前提にしているからこそ、私はこれまで叔父様に手紙を書かなかった。


(聖女のお役目をミューリエルに譲ったこと、あの子はアーウィン殿下と仲睦まじいようで安心したことなどを書いた上でいとまをもらって今は片田舎・・・で暮らしているとだけなら、王城の方々も気にはしないでくれるかしら)


 この家は元々、叔父が何かあった時のために購入を勧めてきた物件だ。

 当時はまだ奴隷問題も発生していなかったから、私と叔父の会話はそこまでチェックされていなかった。


 第三国の策略であったと発覚する直前頃は叔父様は宰相に睨まれていたし、私は戦地に行きっぱなしだったから……国王陛下も私たちをこき使っていたことは自覚して、いつ裏切られるかわからないと考えていたのだと思う。

 それこそ宰相か、あるいは他の誰かに疑念を囁かれたのかもしれないけれど。


 いずれにせよ、当たり障りのない言葉で私たちが無事に暮らしていると伝わればいいわ。

 そうしたら叔父も……進捗がどうなのかは書けなくても、何かしら連絡をくれることだろう。


「紙とインクをお持ちしました」


「ありがとう、アイン」


 どうか。

 どうか、どうか。


 叔父が戻って、ここにいる彼らを全員助けてくれたらいいと。

 そう願わずにいられなかった。

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