第4話
不思議な同居生活一ヶ月目。
他の二人も仕事がほしいと言うがこの館に住まうのは私とウィルとウィニー、そしてこの三人だ。
仕事らしい仕事があるわけでもないが、それでも男手がいてくれると助かることはたくさんあった。
「アイン……さんは」
「お嬢様、俺は貴女の奴隷ですが?」
「……ごめんなさい」
私自身は家族から疎まれて暮らしていたし、聖女として国に召されてから王子の婚約者とは名ばかりで戦地にずっといたため、正直なところ貴族令嬢らしからぬ生活の方が慣れている。
そのため洗濯はウィニーと一緒に自分たちのものはするし、ドレスよりも動きやすいワンピースで過ごしているわけだが……来客があるわけでもないと思うと、ついついラシード殿下のことを王族として扱ってしまいそうになる。
なんというか、私よりもずっと『主人』であることが板についているというか、人を使うのに慣れている人なのだなあと思うのだ。
国王陛下と間近に言葉を交わすことがあった身だが、こう、跪きたくなるような空気を彼は持っていると思う。
「謝らなくても大丈夫。……です」
「ふふっ」
彼は彼でついつい部下二人を前にするような口調になりがちなのだという。
私たちはお互い大抵のことは自分でできるのだけれど、私の場合はウィルとウィニーが、彼の場合はツヴァイとドライがやらせたがらない。
そのため最近ではウィニーが料理を、買い出しにはウィニーとツヴァイが、そして薪割りや周囲の警戒にドライが動くという連携が取れるようになっていた。
そしてアインが私の専属執事のように傍にいてくれて、時折来る新聞や王城からの手紙について語ってくれる。
「……家族からは来ないんだな」
「彼らは私がいなくなってせいせいしているでしょうし、今は……義妹がもうすぐ王子と結婚するので」
「俺が祖国にいた頃は、聖女と王子が婚約していたと聞いているが」
「……今は義妹が聖女ですわ。あの子は私と違って華やかで、社交的ですから」
私が曖昧にそう告げると彼はその真意を探るように目を細めた。
ただ笑みを浮かべる私は、少しだけドキドキする。
新聞には聖女が交代したこと、そして新聖女が王子と婚約したこと。
ヴィダ国との交渉が上手くいっていることが書かれていた。
(前聖女は役割を新たな聖女に託し、神殿にて祈りを捧げている……か)
まあ〝追い出した〟なんて知れれば周りからの目が厳しくなってしまうから、それは王家も義妹も、実家も望まないことだろう。
体の良い厄介払いとして私はこの土地を与えられたのだ。
一年間、税も取らず奴隷を好きに買う権利と潤沢な資金を与えたのだから黙って静かに、目立たないように生きろということなのだと私はそう思っている。
とはいえ、私の両親と義妹はそれすらもよく思っていなそうであったからドライにはしっかりと警備をしてもらおう。
最終的にはアインを守ることにも繋がるので、彼も否やとは言わないはずだ。
「退屈はしていませんか、お嬢様」
「ええ。……いえ、やっぱり退屈だわ。だから話を聞かせて? アイン」
「どのようなものがよろしいでしょうか。お嬢様のような素敵なレディにお聞かせできるような物語は生憎と存じませんが……」
「ヴィダってどんな国なのかしら」
私は、この国を出たことがない。
知っているのはハシェプスト伯爵家の、使用人用の物置と、王城の冷たい床と、硝煙と血の匂いがする戦場ばかりだった。
ここでの暮らしは、とても穏やかだ。
みんながみんな思うところはあっても、決して違いに罵り合うこともなく、表面上だけでも友好的に過ごしている。
あと残りは十ヶ月。
まだ叔父様からの連絡は、ない。
「それからお茶のおかわりもほしいわ」
私の言葉にアインは笑った。
目を細めるように、楽しげに。
「……お嬢様の、仰せのままに」
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