第2話
パウペルタス国とヴィダ国は、双方に隣接するカリドスという国の策略によって戦を始めてしまった。
その事実に行き着くまでにどれだけの命が消耗されたのかと思うと心が痛む話ではあるが、今は和解に至ったことを喜ぶべきなのだろう。
事実、両国は戦の終わりを好意的に受け入れ、そして憎しみをカリドスに向けないよう謝罪を求めている程度には民心も落ち着きを取り戻しつつある。
とはいえ、消えない熾火のように燻る負の感情を侮ってはいけない。
いつ、恐ろしく燃えさかる憎悪の炎になって人々を、国を呑み込むかもわからないのだから。
ただ、今も難航しているのはパウペルタス国が戦時中に捕虜としたヴィダ国の兵士を奴隷落ちさせてしまったことだろうか。
彼らを解放しろとヴィダ国からは再三言われているそうだが、売却されてしまった奴隷も含めその目処が立たない、というかそうなると買い戻しなどで出る損失を国が渋っているのだ。
そうして私の前にいる三人も、奴隷落ちしたヴィダ国の人間なのだけれど。
「……とりあえず、話がしたいのだけれどいいかしら」
新居は、私が以前に自分の資産で購入したもの。
土地は今回の報酬として、国から譲り受けた。
一年間だけの所有という約束で。
「ああ、奴隷と言っても貴方たちを軽んじたり無理なお願い事はするつもりなんてないから安心してほしいの。……といっても無理かしら」
「いや。……サージ殿から、貴女の名を聞いていたから」
「そう……。本当は彼が貴方をお迎えできたら良かったのですけれど」
「彼はどこに?」
「ヴィダ国の捕虜を奴隷落ちさせることに反対した件で大勢から恨みを買ったらしく、今はそのヴィダ国との渉外役として国境に赴いております」
ウィニーがお茶を運んできてくれた。
町で一緒に買ってきてくれたのだろう、クッキーもある。
全員分のカップを言われずとも用意してくれたこの子には、感謝だ。
「……お話ししなければならないことがたくさんあります。よろしければ、みなさんお好きなところに座ってくださいな」
私は笑顔で彼らに着席を促した。
とはいえ私の言葉に応じてくれたのは最初に購入した奴隷である彼ただ一人。
(まあ、他二人は……おそらく、彼の従者かそれに近しい方だものね。少なくともあちらの方は騎士で……もうお一方は文官、かしら?)
叔父からある程度の事情は聞いている。
ただ、私たちは初対面であり、奴隷と買い主であり、敵対していた国同士の国民であり、彼らは兵士であり、私は聖女であった。
それらはどうやったって複雑な問題であり、理性で理解しても感情が否定するであろうことだろうし、納得しろと言われてできるものではないと知っている。
それでも私は、笑顔を浮かべるのだ。
聖女たるものそうせよと……私はそれしか、知らないから。
「では改めまして自己紹介をさせていただきますね。私の名はラフィーア。ハシェプスト伯爵家の長女です。貴方が先ほど仰ったサージは私の父の弟、つまり叔父ですわ」
「……主人である貴女を、なんと呼べばよい? 俺たちをどう呼びたい?」
「名で呼んでいただいて構いませんわ。
私の向かい側の椅子に座っていた彼が、微笑んだ。
叔父の名が出て、叔父から私の名を聞いていたことで彼は自身が何者であるのか知られていて当然だという態度でいる。
(……胆力のある方なのねえ)
私はそれに感心しつつ、彼を守るつもりで殺気立つ青年と、困ったように微笑む初老の男性を順番に見た。
「彼らの名前を教えていただいても?」
「ああ……俺の護衛騎士のヴァーシルと、それから補佐を務めるハキムだ。さて、ではラフィーア殿。交渉と行こうか」
「あら」
私は頬に手をあてて、小さく首を傾げてみせた。
買い主と奴隷、だけれど彼は隣国の王子で、私は捨てられた聖女だ。
一つ屋根の下で暮らすのに、彼は何を求めるのだろうか。
少しだけワクワクする気持ちで言葉を待つと、ラシード殿下は蠱惑的な笑みを浮かべた。
「貴女は、俺たちに何を求める?」
それはまさに、今私が彼らに思ったことだった。
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