第1話

 王城を出てから一ヶ月。

 私は様々な準備を終えてある場所に来ていた。

 傍らには双子の召使いであるウィルとウィニーがいてくれるから、慣れない店に入るのにもそれほど恐ろしいとは思わない。

 私を守るように口元を引き結んでいる姿が可愛らしい。

 むしろまだ子供でしかない彼らを、私が守ってあげなければ。


「それではこれが陛下の許可証で、先ほど言った奴隷を引き渡してほしいのだけれど……」


「かしこまりました、お嬢様」


 恭しく私の前でお辞儀をするのは、王都で一番大きな奴隷商の主人だ。

 指定したのは、先日まで戦っていたヴィダ国出身の若者。


 恰幅のいい男たちに連れられてやってきたその青年は、銀髪に褐色の肌をしていた。


「……ええ、私の希望通りだわ」


「それでは面談を?」


「ええ、お願いね」


 奴隷を買うにはルールがある。

 まずは買うための許可証が必要なこと。

 次に当然だが商品に対して必要な代金が支払えること。

 誓約書にある『奴隷を虐げない・・・・』こと。

 奴隷を保有する数は自身の財産に見合った規定数であること。


 そして面談を行った上で、奴隷が『どうしても』嫌だと言った場合は一旦契約を保留とし、他の奴隷を選ぶこと。


 これらは奴隷の人権を守るために作られた法案だ。


 主人が部屋を出て行って、私と青年は向かい合うように座った。

 ウィルとウィニーは、後方の壁沿いに立っている。


「私の名前はラフィーア」


「!」


「買われてくださいますか?」


「……ああ」


「そう、良かった。望むものはありますか?」


「……許されるなら、あと二人」


「ええ、いいわ」


 私の名前を聞いて素直な反応を見せてくれる彼に、そっと微笑む。

 国王陛下からは奴隷を何人買っても良いと許可を得ている。


(本来の私の稼ぎでは彼一人すら養えなかっただろうから、やっぱり許可をもらっておいて良かったわ!)


 聖女だった・・・報酬は、奴隷を三人買ったとしても一年ほどは余裕で暮らせるはずだ。

 私は笑顔のまま主人を呼ぶために、目の前に置かれたベルを軽やかに鳴らす。


 そうして彼の求めるままに、あと二人……初老の男性と、そして恰幅の良い男性を買う。

 その場で契約書を書き、条件を加えると奴隷商人は探るような目を私に向けていた。


 だが、事情を話してあげるほど私も親切ではないのだ。


「ありがとう、良い買い物ができたわ」


「またのご利用をお待ちしております」


 ありきたりな会話でその場を終わらせて、私は奴隷三人を連れて館の外に出る。

 ここの奴隷商は奴隷を大切に扱うと評判なだけあって、三人とも健康状態はとても良さそうだ。


 訝しげな目線を向ける彼らに、私は笑みを返すだけ。


「お嬢様、馬車持って来ます」


「ええ、ウィル。ありがとう」


「お嬢様、お疲れじゃないですか」


「ええ、ウィニー。大丈夫よ」


 双子は代わる代わる私を案じてくれて、それにほっとする。

 別に緊張しているわけではないがそれでも……今日は少しばかり忙しない。


「そうだわウィニー、彼らの衣服を注文しておいてくれるかしら。当面……何着くらい必要になるかわからないけれど、二、三着あればまた買いに来られるわよね」


「はい。ではウィルが戻り次第すぐに注文します!」


「ええ、お願いね」


 奴隷を買うのは人生で初めてのことだ。

 パウペルタス国では裕福な貴族は奴隷を持っていて当たり前と言われるけれど、戦争もあって今は奴隷が飽和状態だという。


(本当に、戦争は碌でもなかったものね)

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