第5話 【違和感】×【可能性】=???
青白い外套に身を包んだグレアムの使徒たちが、灯りも持たず馬に跨って夜の丘を駆ける。目指す先は、王都からひと晩ほど馬を走らせたのどかな農村。
先頭の髭を生やした偉丈夫が、何かに気づく。
彼は手綱を引いて馬を止め、振り返って後方へと合図を送った。
後続の数騎も続いて止まる。
「どうかしましたか?」
立ち止まった男のすぐ後ろで、長い黒髪を束ねた女が言う。
「静かすぎる」
「この辺りは元々人が多い地域ではありません。だからアルマの連中も隠れ家に選んだのでは」
「さっきから動物の鳴き声すら聞こえないのが……普通と思えるか?」
そう言って男が訝しげに眉を折った瞬間、
「ほらっ、歓迎の花火をくれてやるわよ!」
丘の上から聞こえた声とともに、頭目掛けて飛んできた拳ほどの火球がパンッと破裂するような音をたてて弾けた。
拳くらいの火球では殺傷能力として不十分。そもそも火球は使徒たちを狙っていない。
「なんだあれは」
馬に跨ったまま、使徒の女は不思議そうに空を見上げる。
「マズいっ! 全員駆け抜けろ!」
しかし先頭の男は火球の意味を理解したらしく、手綱を大きく振るう。
――――が、もう遅い。
乗っていた馬の尻に一本の矢が突き刺さった。
馬は甲高い鳴き声を上げて大暴れ。
先頭の男が落馬したのを皮切りに、他の男達も次々と矢で射られて落馬していく。
「なにっ!?」
女が乗っていた馬も暴れはじめ、青白い外套で覆われた華奢な体が宙へ投げられた。女はとっさに空中で体を捻って体勢を変え、背中から地面に着地。そのまま転がって受身を取って立ち上がる。
すぐさま剣を引き抜いて周囲の警戒するが、夜の闇が邪魔して女から射手は見えない。
「まさか今の魔法、視界を確保するための」
何頭もの馬が倒れ、何人もの仲間がやられ、女はようやく火球の意味を理解した。
――同時に、自分たちが謀られたことも理解する。
*
数時間前、まだ陽が頭上にあった頃、怒鳴り込んできた男の丸太みたいな腕に胸倉を掴まれたカミラ。
激しい頭痛と引き換えに、彼女は男が近いうちに視るであろう未来を観測していたらしく、小さな笑みをこぼした。
「なるほど、これが村から離れられない理由ってやつね。あそこに誰かいるの?」
そう言ってカミラが目を向けたのは、村の一角にある何の変哲もない木造家屋。
言い当ててみせた途端に男の目が泳いだのを、カミラは見逃さなかった。
「大怪我をした男が五人か六人、全員アンタと同じように体格がいい。
アンタらは戦争の負傷者を連れて【新教グレアムの信徒】が過ごす村を侵略した【旧教アルマの戦士】ってとこね」
ハッキリ言い切ったカミラの持論は推測であるが、当てずっぽうではない。
【魔女アイシス】の名を口にしたときに見せたファルタのひきつった表情。
まだ十代半ばくらいに見える少女が顔面蒼白してしまうほど畏怖の念を抱くのだから、ファルタが魔女と敵対する立場にある可能性は高い。
ファルタは、カミラに「グレアム信徒の村である」と嘘をついた。きっと出所の分からない人間に対する警戒から生まれた嘘だろう。
そして、家屋が焼ける炎の明かりに照らされて戦う未来の農夫たちと、今この場でカミラの胸倉を掴んでいる男。
筋骨隆々でありながら、しなやかな動きの持ち主である彼らは、日々の畑仕事で鍛えられた農夫というより、カミラの目には戦い慣れしている戦士のようにも見えた。
【新教グレアム】と敵対する【旧教アルマの戦士】が潜伏する村。未来から得た【違和感】と現在から生まれた【可能性】を組み合わせれば、グレアムの使徒たちに襲われる理由は見事に完成した。
「侵略、だと?」
「そうよ。この村が狙われるっていう考えがないのは、元々あったグレアム信徒の村という外面に隠れてるつもりだからでしょ?」
「このアマっ!」
額に血管を浮かび上がらせ、顔を真っ赤にした男は太い腕でカミラを突き飛ばした。
怒りに身を任せた男の行動が、きっとカミラの推測を裏付ける答えなのだろう。
(コイツが激昂しやすい性格で助かったわ)
カミラは心の中でほくそ笑む。推測は確信に変わった。
「お前、グレアムの者か」
「バカじゃないの。もしそうなら、こんなに目立つ行動しない」
「このっ!」
突き飛ばされて地面に尻餅をついていたカミラの口から爪ほどの血の塊が飛び出し、地面で弾ける。
カミラの悪態をつく姿も、すべてを見透かしたような口振りと目も、男は彼女の全部が気に入らない。
歩くたびに小さく砂が舞うほど力強い足取りでカミラのもとまで歩み寄ると、男は再び胸倉を掴んで彼女の軽い体を持ち上げた。
「関係ないね、俺らの仲間じゃないなら今すぐ丘から突き落として殺してやる」
男の言葉で、村人たちがざわつきはじめる。
酪農や畑仕事がしっかりまわっているあたり、戦士以外の村人は元々村に住んでいた一般人だろう。
「やってみればいいじゃない。ここでアタシを殺せば、どうせアンタらはグレアムの使徒の襲撃を受けて死ぬ」
「勝手なことばかり言いやがって」
「どっちが正しいか、間違ったほうが地獄で土下座ってルールでどう?」
「クソアマ……」
痺れを切らした男が怒鳴り声をあげようと腹に力をいれたその時、
「ノーマン、やめろ」
先ほどカミラが指していた家屋から出てきた茶髪の中年男性の声が男を制止する。
「隊長っ!? まだ安静にしてないと」
「何日も寝てたら、逆に体が鈍っちまう。それより、村の世話になってる身で騒ぎを起こすんじゃねえよ」
「しかし、この女が妙なことを……」
ノーマンの力が緩んだ隙にカミラは彼の手を叩いて抜けだす。
「妙なこと?」
「話できそうなヤツがいて助かったわ」
そう言いつつカミラは男を鼻であざ笑い、「隊長」と呼ばれた中年男のもとへ歩み寄った。
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