火の国 マモト編

番犬 — ウォッチドッグ

 ミヤーザから西へと田舎道を走る自転車。

 からりとした少女の笑いが響く。


「いやーしっかしラッキーだったね、出発していきなり荷物の詰まったリュック拾うだなんて。お金は持っといたから着いた街で揃えようと思ってたけど、テント泊できちゃったよーあっはっは」

「だからって躊躇なく盗むなよ……」

「きっと魔物にやられちゃった人のだってば!それにケンイチもなんだかんだテント使ったじゃん」

 そう言われると弱い。テントに毛布の人間がいる横で、野晒しはあまりに辛いではないか。

 ミヤーザを誘拐同然で飛び出した俺たちは、とにかく離れるために道なりにひたすら進んでいた。

 夜更けに焚き火の跡を見つけ、残されていたリュックサックに詰まっていた食料と、テントで一晩を明かしたのである。

 最初は気が引けたが、セリアの躊躇のなさと、共に凄まじい体験したという高揚感がキャンプの夜を作り上げてしまった。

「ははは。それは言うなよ。さて……あとどのくらい漕いだらマモトに着くかなー」

 俺たちは目的地をカゴッシからミヤーザから西に位置する街、マモトに変更していた。流石に逃げ出した街の周辺にはまだしばらく立ち寄りたくないし、そうなるとかなりの迂回路を取らなくてはならないことがわかったからだ。そもそも仲間が集まればいいので、どこの街に寄ろうと大した問題ではない。

「火の国って言われてるのよね、マモトって。女神ファイアーで崇め奉られようかしら」

「何かを支配してないとダメなのかお前は」

「あら崇め奉ることで救われる人もいるのよ?ウィンウィンの関係じゃない。……あら?」

 草むらを激しく震わせて、鳩、もとい、デスクルックーが飛び出してきた。

 数は三体。自転車を止め、戦闘準備をする。まあグローブを嵌めるくらいしかすることはないのだが。

「魔物だ。晩飯にできそうかな」

「ええーあたし街で美味しいもの食べたいなあ」

 一漕ぎもしてないくせに文句言いやがって。

「だったら早く片付くように手伝ってくれよ!」

 地面を蹴り、敵に突っ込む。

「はいはい。女神フラッシュ」

 背中越しの光に感覚を失った彼らを拳が貫いていった。


 その後も数度の戦闘を抜けて太陽が傾き始めた頃。

「あっ、あれ門じゃない?ほら、人がいる!マモトだよ!」

 俺たちはついにマモトの街の入り口にたどり着いたのだった。

「うおおー!長かった!今日はやっとベッドで寝られる!」

「魔物倒してお金もあるし、ちょっといい部屋にしちゃおうかしら!あ、別室よ!」

 疲れが一気に吹き飛んで足が軽い。チェーンが小気味良い音を鳴らして滑らかに回る。

 みるみるうちに小さく見えた門が大きくなり、正面にたどり着いた。

 のだが。

「貴様ら何者だ」

 門番らしき男に止められてしまった。

 いや正確には立ち塞がり、敵意を剥き出しにしているこの男に近寄るべきではないと判断したのだ。

 ちょっと待ってろ、とセリアに耳打ちをして俺は彼に近づいて行く。

「旅の者だよ。ちょっとこのマモトの街に立ち寄りたいと思って……」

 できるだけ笑顔でゆっくりと歩く。警戒を解いてもらわなければ。グローブも外し、敵意がないことをアピールする。

 対してつかつかと目の前に真っ直ぐ歩いてきた男の答えは鮮烈なものだった。

「フッ!!」

 短く息を吐いたと思った次の瞬間、まるで見えないスピードで左拳が飛んできたのだ。思わぬ額の痛みにのけぞる。

「いってえ!何すんだっ……」

 二の句が継げない。呼吸ができない。鳩尾に一撃を喰らったのが分かったのはよろけた体が尻餅をついてからだった。

 うずくまり、下手くそな呼吸と嗚咽することしかできない。

「旅人?だったらその傷の入ったグローブと焦げ臭いにおいはなんだ?襲撃するにしてももっと上手くやるんだな」

 襲撃?何を言ってるんだこの馬鹿は。警戒しすぎだ。

 膝と腕で体勢を起こし、立ち上がる。それだけで我ながら情けなくなる必死さだ。

「勝手なこと言いやがって……!」

「ふん。次は立てなくして川に捨てるからな」

 睨みつけて右腕を振り上げる。

 しかしそれより何倍も早く左拳が飛んでくるのが一瞬見えた。

 ゴッ、という音が顔の中で響く。頬骨の辺りを殴られたのだ。上顎の反対側まで骨がその衝撃を伝える。

 そしてそのさらに一瞬後。

 右拳が下から飛んでくる。

 噴火のような衝撃。

 痛みよりも宙を舞っているような感覚が先にあった。

 なぜかスローモーションの視界と、聞こえているのかいないのか曖昧な聴覚。その中で馬乗りになった男がはっきりと

「終わりだ」

と言ったのがわかった。

 防ぐことを思いつくこともできないまま、男をじっと見つめていた。

 そんな俺の耳に次にはっきり聞こえたのはセリアの声だった。

「うううううっ!!」

「?なんだ?どうした⁉︎」

 男が視界から外れ、青い空が広がった。


「ごめんなさい、お兄ちゃんが説明下手で誤解させてしまって……あたし達村から二人だけで来たの……」

「兄弟だったのか?それで、そのどうした?」

「あたしがどうしてもお腹が痛くて……村のお医者さんじゃさっぱりわからないからマモトの街まで行きなさいって言われて……」

「なっ⁉︎大丈夫なのか⁉︎」

「正直もう限界で……カバンの中は全部見せます……怪しいものがあったら勝手に捨ててくれて構わないから……どこかで休ませて……」

「⁉︎お、おい!くそっ!気絶したか……!おい!サンポー!この女をうちまで運んでやれ!」

「はっ、はいぃー!」


 うまくやるもんだなまったく。

 足音が近づいてくる。気づけば空が見えない。いつの間にか目を閉じていた。

「お前も早く言え!妹を守るのが兄の役目だろう!」

「聞くつもりなかっただろうがよ………」

 抗議のセリフがはっきりと口から出たのかは最早わからなかった。

 乱暴に担ぎ上げられ今度は地面をぼんやりと眺めながら、門が開く音を聞いた。

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