挑みかかって リンチにあって リベンジマッチ もう一度

 太陽がある。

 今日は暑い。

 もう夕暮れだというのにどうしたというのだ。

 沈む太陽の上にもう一つの太陽。

 そうか太陽が二つあるからか。

 もう一つの太陽が倍の速度で沈んでいく。

 二つが重なってさらに大きな光を放つ。

 ああ、暑い……熱い……あつい……



「あっちい!!!」

 飛び起きて額に乗せられていた布を放り投げる。壁に叩きつけられたそれは煙を立てて転げた。

「うわあ!目ぇ覚ました!ゲッコーさん!お姉さーん!気がつきましたよ!」

 半袖短パンの少年が逃げるようにドタドタと隣の部屋に駆け込んで行った。

 土壁畳敷の狭い部屋だった。ばあちゃんちを思い出す。理解が追いつかないうちに先ほどの少年がセリアと門番の男を連れて戻ってきた。

「ね!効いたでしょ?燃えピタ!おでこに貼って燃やしてれば大抵の不調は治っちゃうんですから!」

「ほんと!すごいわ!火の国の男って感じねー!」

「そんなわけあるかあ!焼け死ぬところだったわ!」

 悪夢もみるわけだ。

「ゲッコーだ。さっきは悪かったな。少々過敏になっていた」

「悪かったな、で済むかよ、全く。いきなり襲いかかってきやがって」

 悪かったと言うわりに目つきは鋭くこちらを捉えたままだ。完全に気を許したわけではないのだろう。

「こちらとしてもその女に騙されたのだ。それでおあいこだ」

 そんなわけあるか。もうしばらくあたふたさせてやればよかったのに。

「なんだ、もうバラしたのか」

「荷物全部見せて安全だって確認してもらったからね。目覚めたアンタが即演技を続けてられるとも思えなかったし」

 こいつの機転には感心させられる。

「それで?なんであんなに襲撃に備えてんだよ。今夜村の娘を頂戴するとか予告状でも来たのか?」

「違うんです……実はその……街はもうすでに……」

 少年をゲッコーが睨みつける。

「余計なことを喋るな、サンポー」

「でも、もしかしたらこの人達が……」

「うるさいっ!!」

 ピシャリと黙らせる。部屋の空気が重く張り詰めた。

「……気が付いたならさっさと出ていけ。宿屋もある。補給をしたらとっととこの街から消えるんだな」

 そう言い残してゲッコーは部屋から出て行った。

「……なんなんだ、一体。サンポー?だっけ。街がどうしたんだ?」

「……」

 周りをチラチラと伺ってサンポーはぽつぽつと話し始めた。

「……半年ほど前です。ゲッコーさんはこの街で最強の格闘家で今と同じように門番を勤めていたんです。ある日、三人組の男達がこの街を訪れました。明らかに客ではありませんでした。そいつらは今までの山賊や魔物とはまるで違いました。あのゲッコーさんがまるで子供扱いです。酷いもんです。そいつらは街を支配し始めたんです……」

「あいつが……」

 ゲッコーの闘いは明らかに素人のケンカとは違うレベルの技術を感じた。俺にはなす術ももなかったあいつが子供扱いとは……

「でもでも、三人相手だったんでしょ?一対一の勝負なら流石に負けないんじゃ……」

 セリアの言葉にサンポーは俯いて首を振る。

「僕もゲッコーさんもそう思いました。だからその日は肉をタダで寄越せと肉屋に迫っているところを見つけ、試合を申し込んだんです」

 緊張が走る。予想した結末を聞くのが恐ろしくなったからだ。

「まさか……」

「そのまさかです。一対一でもまるで敵いませんでした。みんながその試合を応援して、みんなが絶望させられました。彼らに逆らっても仕方がないと……」

 喉が生唾を飲むために大きく動いたのがわかった。恐ろしい奴らがこの街にいる。

「だから責任を感じているのかゲッコーさん、ずっとピリピリしてて。僕と妹のメーツさんもどうしていいやら……ヒノカミ様でも来てくれたらいいのに……」

「ヒノカミ様?」

 セリアが聞き返すとサンポーは壁に飾ってある、一枚の絵を指差した。燃え盛る炎のような髪の毛の男が虹色の川を波乗りで下ってきている絵だ。

「この街に伝わる神様です。人々が暗く沈んだ時、天から現れて救ってくれるんだとか。まあそんなよくある迷信です。そんなものに縋るしかないんですよ、今の僕たちは」

 言葉を返せない。一体どれほど辛く、歯痒い思いだろうか。

「あ、申し遅れました。僕、ゲッコーさんの弟子兼雑用係のサンポーです。メーツさんはお友達と公園に出かけているのでまた戻られたらご紹介しますね」

 少年はぺこりと頭を下げる。

「よろしく。俺はケンイチ、こっちはセリア」

「あたしが魔法使いで、ケンイチは世界を救う勇者なんだってさ。よろしくね、サンポー」

「ははは、勇者さんかあ。ゲッコーさんと力を合わせたらほんとになんでもできちゃいそう」

 ようやく会話に笑顔が生まれてホッとする。しかし空気が軽さを取り戻し始めたその時だった。

「なにいー⁉︎俺たちの言うことが聞けねえのか⁉︎」

 大声に続いて、木箱が崩れる音、陶器が割れ砕ける音が聞こえてくる。そう離れてはいない場所だ。

「あ、あいつらだ……!!」

 サンポーが首を引っ込め、うずくまる。俺はグローブだけを引っ掴み、表へ駆け出した。

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