I am your mother.

 休む事なく逃げ続け、黒服から距離ができて中央広場へ差し掛かった頃、またもや人だかりが立ち塞がった。思わずブレーキをかける。

「いたぞ!あいつだ!」

「脅して女神様を攫うだなんて!」

「捕まえろ!」

 今度は街の住民達だ。黒服の姿も混じっている。黒服の一人が大声を上げた。

「皆さん!あいつです!先代様のお話を聞きましたね⁉︎捕まえて女神様を助けるのです!!」

 いくつもの雄叫びが重なる。怒り、熱量で言えば黒服を凌ぐかもしれない。

「やべえぞ!挟まれた!」

「東は海だよ!西に!できたら北西に逃げて!」

 抜くなら統率の取れていない側という事か。よろよろと再び走り出す。

「俺が脅して攫ったんだってよ!話が逆だよ全く!」

「多分お母さんが吹き込んだんだね」

 さすがは詐欺師の師匠だ。うまいことやりやがる。

「ていうか遅いよ!ほら頑張って!」

 一度止まってしまったために速度が出ない。暴徒がみるみる迫ってくる。必死で足に力を込める。

「女神フラッシュ!」

 今度は光だけが背後で炸裂した。男達が叫ぶ声が聞こえる。

「ごめんなさい!この男に逆らえないの!」

 騙しでも負けられないってか。いや俺の一人負けか。

「ああーごめんなさい!ごめんなさい!」

 連発でフラッシュが焚かれている。ファイアーを出さないだけ良しとするか。自転車もようやくスピードが乗ってくる。


 さらに漕ぎ続けてようやく北西の端の門が見えてきた。残りは数百メートルと言ったところだ。

 追手は今や市民黒服連合軍となって俺たちのすぐ後ろに迫っている。

「ちょっと!追いつかれちゃうって!ファイアーもフラッシュも、もう疲れて出せないよー」

「くそー……二人乗りって疲れるんだな……」

 急ブレーキ、方向転換、継続する全速力。足は乳酸が溜まり切って熱く、スピードは徐々に落ちていた。相手はそれに反比例するように希望を見出し、士気と速度を上げている。

「おーい」

 門柱の辺りに誰か立って、こちらに手招きをしている。

「こっちじゃよー。ほれがんばれー」

 穏やかに微笑んだ口元に似合わない、ティアドロップのサングラスが目元で光っていた。

「ティア婆!」

「八百屋さん!」

 止めるつもりならおばあちゃんを無理やりにでも退かすしかない、そう思いつつ、一か八か脇を通り抜けようとスピードを緩めずに突っ込んだ。

 右耳に思わぬ言葉が飛び込んでくる。

 おそらく、独り言のような。

「その子をよろしく。気をつけて行くんだよ」


「やった!かわした!ナイス勇者!」

 荷台に乗った少女が騒ぐ。ケンイチは一瞬、虚空に意識を取られつつも、足を止めなかった。

「婆さん!買い物帰りか!何も知らねえんだろうけどあいつを捕まえなきゃなんだ!」

「えっ!あっ、あぶないわよー」

 大声と剣幕に驚いた女は紙袋を落とす。中身の玉が辺りにぶちまけられた。

 刹那。

 激しい爆発音と熱風。立ち上る煙幕。そこらじゅうで弾けてピカピカと放たれる閃光。

 ありとあらゆる種類の手投げ花火が炸裂し、阿鼻叫喚を巻き起こした。

 周囲の人間が残らずのたうちまわり、煙が風に流されるには随分長い時間がかかった。

「ゲホッゲホッ……婆さん!よりによってこんな時に!」

 恰幅の良い農服の男が怒鳴る。

 しかし誘拐犯と村の女神の少女の姿はすっかり夜の闇に消えてしまっていた。

「あらあらごめんなさいね。何か急いでらしたみたいなのに……」

「くそっ……!なんでこんなもんがこのタイミングで!!」

 精悍な若者が爆煙を放ったそれのかけらを憎らしげに地面に叩きつける。カサっと軽い音が鳴る。

「孫のために買ってきた花火なのに、困ったわねえ。皆さんもすみませんねえ」

「そ、そうだったのか……すまん、婆さんもあいつの被害者の一人みたいなもんか……」

 魔女でも現れそうな満月が夜空にぽっかりと穴を開けていた。

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