ぶっとびカード(自転車)を手に入れた!
この世で最悪の人間が旅の仲間に加えてくれと言い出した。意外にもそう言われてしまうと追い返しにくくなる。
「仲間ってお前、何言ってんだよ。お前みたいなタチの悪い嘘つきと一緒になんか行くわけないだろ」
「何よそれ、ひどーい」
酷いのはどっちだ。あんなことをしておいて。
「あの後あのおばちゃん、どうなったんだよ」
「お水買って帰ってたよ。良かった良かったこれで安心だ、って」
俺の中でまた怒りが首をもたげてくる。
「お前なあ、人からお金巻き上げて胸が痛まないのかよ。何のためにそんなに金を集めてるんだ」
両手の平を上に向けて首を傾げて答える。笑顔の口元が憎たらしい。
「さあ?あたしは何にもわかんない。お金をまとめてるのはお母さんだし。あたしは言われた通りやるだけ。多分お城のなんだかんだに使うんじゃない?」
意外な気持ちがした。年齢も同じくらいに見えるから親が健在なのは普通と言えば普通か。
「母さんが?」
「そうそう。うちはね、魔法使いの家系なのよ。先祖は勇者と旅をしたーなんて伝説もあるのよ?で、お母さんも魔法が使えるわけなんだけど、それを何ていうかね……まああんな感じに利用するのを思いついたってわけ」
なんという事だ。諸悪の根源は影も見せていなかったわけだ。
「そして娘の私に魔法が開花したら後継者に指名して引っ込んだのよ。全く楽でいいわよねえ」
言葉が詰まってしまう。この女をいくら罵ろうとも何も変わらない。何も響かないのだ。
しかし話は思わぬ形で戻ってきた。
「あたしね、こんな生活もう嫌なんだ。はっきり言ってこんな生活退屈……じゃなかった。つらくってさ。ほら、胸が痛むっていうか。だからアンタが旅人だって聞いて連れてってくれないかなーって。勇者と魔法使いでぴったりだし?」
こいつにも人の心があったのか。いつのまにか明るかった口振が沈み、女は徐々に俯いていった。
「ダメかなあ……?あたし……ずっとこうやって……生きていくの嫌だよ……」
鼻を啜る音が聞こえる。表情はわからないが地面に水滴が染みを作っているのが見えた。
彼女もまた被害者の一人なのかもしれない。
「……わかった。連れてってやるよ。悪かったな、色々言って……」
「あ、ほんと?やった!連れてくって言ったよね?嘘だったら許さないからね!」
顔を上げたセリアの頬は少しも濡れていなかった。
「てめえっ……!めんどくさくなっただけとかじゃねえのか……⁉︎」
声を押し殺す。
「へへへー。騙される方が悪いのよ。それじゃあ明日の夜七時に広場で集合ね!計画を話すわ!あ、来なかったら酷い目に遭うわよ。じゃあね!」
言い捨てて走り去るセリア。詐欺師と約束をしたらこうなるということか。
もう考えるのはやめよう。明日に備えて痛みと疲れを癒さなければ。再びベッドに寝転がる。ギギィという音が慰めに聞こえる。
次の日は昼前までぐっすりと眠り、宿屋を後にした。約束の時間まで町のスーパーでいくらかの飲み物とパン、マスクを買い旅に備えた。所持金は残り70Gほどだろうか。マスクは黒服に見つからない様にするためと、セリアをこの街から連れ出すのがバレるとヤバいかもしれないと思ったからだ。しかし黒服もわざわざ野良犬狩りをするほど暇ではない様で、街を歩いているのを見かけることはなかった。
田舎の雰囲気と暖かい気候。こんなことにならなければゆっくり過ごしつつ信頼できる仲間を探したかったものだ。
ちなみに武器屋防具屋はなかった。何でだ。
そうこうしているうちにずんずんと太陽が低くなり、約束の時間が近づいてくる。念の為にとマスクを着け、広場まで自転車を漕ぎ始めた。
「なあ、何だろうな、セリア様の発表って」
「さあなあ?何やら大事なお知らせだとか聞いたが……」
広場に近づくにつれ、そんな声が聞こえてくる。彼女は一体何をするつもりなのだろうか。
例の舞台にはまた人だかりができていた。それを広場の入り口から遠巻きに眺めていると、マスクとサングラスかけた怪しい女がソロソロと近づいてきた。
「変装もうちょっと上手くできねえかな……」
「うえっ。バレてる」
ジーパンにTシャツ、マスクにティアドロップの若い女がいるか。詐欺師の手下だな。ていうかティアドロップ流行ってんのか?今頃?
「いい?計画を発表するわよ。私は今から後継者を指名するわ。そして大盛り上がりしてる間に舞台近くで待機したアンタの自転車に二人乗りでおさらばよ」
杜撰だ。
「一応次の目的地は南、カゴッシに向かうつもりなんだけどいいか?」
「まあどこでもいいわよ。ここから出られれば」
それじゃよろしくと言い残して路地裏にさっさと消えてしまった。
嘘つき魔法使いの出発のセレモニーが始まる。
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