ゆうべは おお見得でしたね
少しの動きにも素早く軋む音を返す安っぽいベッドの上から窓の外を見ると、空は紺色からさらに暗い色に塗りつぶされていた。時計は七時を指している。
八百屋のティアばあ(略称である。誰のかは言うまでもないだろう)から紹介された宿屋の一室にいた。無口な親父さんに素泊まり一泊5Gだと言われ、試しに五枚の金貨を差し出すと鍵を渡してもらえた。多く取られている可能性もあるが、とりあえず寝床を確保できたなら良しとしよう。
入り口のドアを開けると全てが見渡せる、せいぜい四畳程の広さの部屋に簡素な机とベッドが置かれている質素な客室だった。5Gならこんなものか。
ベッドを一際大声で軋ませ立ち上がり、机の上に放り出していた荷物を取る。そろそろ『降臨の会』とやらの時間だ。
玄関を出る時に親父に話しかけられた。
「おや、お出かけですか?」
「ええ、中央広場っていうのはどこですか?」
そのセリフに親父の顔がパッと輝く。
「ああ!お客さん、降臨の会にいらしたんですか!いやあ、セリア様の影響も大きくなったものですな。嬉しいことです」
詐欺師め、街を掌握してやがる。あんたも接客の時にその笑顔を見せろ。
「中央広場でしたらここを出てから左に進んで、交差点をさらに左。そのまままっすぐ進んだら噴水のある広場に出ます。そこが中央広場ですよ」
念の為、と地図も持たせてくれた。ほとんど碁盤の目になっているので必要ないと言えばないのだが、ありがたく受け取る。真ん中に描かれている円形の空間がそうなのだろう。他にも主要そうな建物がイラストで書き込まれている。上の方には『至オーイタ』、下の方には『至カゴッシ』と書いてある。地図の見方はいつも通りだ。
広場には木組のステージが建てられていて、大人の背丈ほどの高さにある壇上をいくつものスポットライトが照らしている。
その周りには既に人だかりができている。最後方あたりに加わったその時、
「さあ!みなさまお待たせいたしました!若き奇跡の魔法使い!セリア様が登壇されます!拍手で迎えましょう!」
と景気の良い大声が響いた。途端にわっと観客が沸く。俺も馴染むために手を叩く。ステージ奥から昼間八百屋で見かけたあの女が現れた。あの時とは違い、シルクの様な光沢のあるローブを身につけている。それに続いて黒いスーツの男がソファを抱えて現れ、ステージ中央に設置し、女はそれにかけた。
「さて、セリア様が神のお言葉をかけてくださいます。希望者の方は手をあげてください」
次々に手が挙がる。老若男女バラエティに富んだ挙手っぷりだ。
「ではそちらの女性の方、そうですお母さん、貴女です。壇上へどうぞ」
黒服が一人のおばちゃんを壇上に上げる。マイクを渡すと、おばちゃんは訥々と語り始めた。
「セリア様、ありがとうございます。実は私の旦那は今大きな病気をしています」
女は神妙な顔でうんうんと頷いてみせている。
「様々な手は尽くしたのですがどうにもならず……今はできるだけ痛みを少なくする治療を行っています。お医者さんの話では余命はあと一年ほどだと……」
聞いていると胸を締め付けられる。会場からは啜り泣く声がちらほら聞こえている。
女もひどく辛い、という様な顔して話し始める。
「それは大変でしたね。では神の言葉を授けましょう」
「お願い致します。セリア様が最後の頼みです」
深呼吸。しばらくの沈黙。観客も固唾を飲んで見守っている。
「はい、聞こえました。えーこの後の物販で20000Gの神の奇跡ウォーターを買い、飲ませなさい。それから120000Gの神'sBESTのCDを買って聞かせると良いでしょう。と言っています」
許せねえ。女でもぶん殴ってやる。しかし俺が飛び出すより少しだけ早く、歓声が上がり遮られてしまった。
「おおおおお!セリア様ぁ!!」
「良かったねー!おばちゃん!!あたし達も味方だよ!!」
口々に皆称賛している。壇上のおばちゃんも泣き崩れているようだ。
「さあみなさん!物販を開始します!あちらにお並び下さい!!」
司会の男が指差した噴水の向こう側には、イベント用のテントが貼られている。観客は我先にと走り出し、その隙に女は裏に引っ込んでしまった。俺はステージの裏側に走り込んだ。
黒服に囲まれて労われている女を見つけ、
「てめえ!あんな事して心が傷まねえのか!」
と叫ぶ。
女と黒服達の視線が一斉にこちらに集まる。
「やるか⁉︎こっちは勇者だぜ!」
男には避けちゃならない戦いが、やらなきゃならない時があるのだ。おばちゃんのために、そしてみんなのために負けられねえ。俺はグローブを嵌め、走りくる黒服達に殴りかかった。
そしてめちゃくちゃボコボコにされて宿に逃げ帰ったのだった。
「ちくしょう。本気の大人怖え」
地図をもらっておいて良かった。
通報されるかもしれないと思い、親父さんへの挨拶はそこそこにして、部屋に戻る。
シャワーで泥や血を洗い流す。ヒリヒリと傷が痛んだ。
「くっそー……でもこのままほっとけねえよな……」
ベッドに倒れ込む。おばちゃんの顔、セリアと呼ばれる女の顔、歓声を上げる住民達の顔、黒服達にの顔……様々な顔が浮かんでは消えていく。自転車旅の疲れもあり、いつしかそのまま深い眠りに沈み込んでしまった。
突然窓を叩く音で起こされた。まだ外は暗い。時計の針は午前0時を指している。不審者か?と思いつつも窓を開けると、
「おはよう、勇者くん。見事な殴られっぷりだったわねえ」
ニコニコと笑うあの女がいた。
当然、怒鳴ろうとしたが女に制される。
「静かにー。周りに気づかれたらあんたまたボコボコにされるよ」
「くぅ……なんだよ、何の様だ。笑いに来たのか」
「うーん半分正解だね。アンタ勇者なんでしょ?魔法使いの仲間、欲しくない?」
「はあ?」
「あたし連れてってよ。いい働きするよー?」
想像だにしない申し出に唖然としてしまうのであった。
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