第2話

 一日の学業が終わり、立花 キリカは決まって足を運ぶ場所があった。

 生田市のほぼ中央部にあるそこは、昔は映画の撮影スタジオだった場所。そして今は、キリカの叔父が管理する倉庫となっていた。


「あれ?しまってる……まだ店仕舞いにする時間じゃないのに」


 正面には大きなシャッターがありいつもはシャッターが開いていてそこから自由に出入りが出来るのだが、今は閉じたまま。仕方がなくキリカはシャッターのすぐ横の勝手口から中に入った。


「叔父さーん、なんでシャッター閉めてんの?」


「おっ、キリカ!こっちこっち!おいでほら!」


 倉庫内に入ってすぐに目に入ったのは、中央より右寄りに設置されたソファやテーブルの側に立っていた叔父の姿。

 キリカを急かすように手招きをし、何事かと叔父の側に寄ったキリカはソファに目を映すと、そこにあるモノを見て息をハッと飲んだ。


 ソファの上には、黒と濃い緑の混ざった身体。そして頭は、白い骸骨に鬼のような二本角。

 それは、キリカがこの三ヶ月間ずっと目で追っていた骸骨頭その人だった。


「叔父さん……これどうしたの!?」


「バイクの排気音が聞こえたんで何だ、と思って表に出たんだ。そしたらこっちに向かってゆっくりとバイクに乗ったこの人が近付いて来て……倉庫の前で転んだ」


 バイクと聞いて改めて倉庫を見渡すと、倉庫の端には骸骨頭が乗っていたであろう青い車体に白いラインのバイクが置かれてあった。これまで見てきた動画にもバイクの爆音のような物が聞こえてきた事から骸骨頭の移動手段はバイクであるとは予想が着いていたがこの青いバイクがそうなのだろう。


「この人、アレだろ?キリカがいつも見ている動画の……ご本人様だよな?」


「……と思う。やっぱ疲れてたのかな」


 常日頃からコスプレ気分でこんな格好をする者など居ないだろう。ソファの上でぐったりとしている骸骨頭は、本物だと認識した。

 動画の方では素人の、少し離れた所からの一発撮りな為か画面がブレてたり、光量のせいか暗かったり、逆に明るすぎだったりと良く見えない場面もあった。

 今は、目の前に実物が存在している。だからその姿が具体的にどういうものなのかを知る事が出来た。

 身体の方は、近くで見ればレーシングスーツのような造形をしていた。濃い緑の部分はプロテクターのような役割をするのだろうと見て取れた。


 そして一番重要なのは、顔の部分だ。

 肉などついていない白い顔。骸骨としか表せない深淵を覗くかの如く黒い、人間で言う所の目に当たる部分。キリカはその目の部分を見た時にある違和感を覚えた。


「あれ……ちょっと浮き出てる」


 この骸骨の頭が見た通りの骸ならば、目の奥は空洞な筈。しかし目の前でぐったりとして眠る者の目は、楕円形に浮き出ていた。

 キリカはその顔を触ってみる。本来の骸骨など手に触れた事も無いが、手触り感は硬質な作りをした冷たい感触だ。


「コレ、被り物かな?」


「そうみたいだ。後ろを見てご覧、ちょっとだけ黒髪がはみ出てる」


 叔父の指摘通りに骸骨マスクの頭を少し持ち上げて後頭部を見てみると、確かに後ろ髪がマスクからはみ出ていた。同時に肌色の首筋も確認する。


「そうか……こういう格好をした『人間』なんだ」


 となると気になるのはなぜこんな格好をしているのか、だった。怪物と戦うからには生身のままでは危険というのは理解できる。だが、なぜ骸骨の頭なのか。


「いやぁしかし驚いたねぇ。この人の見た目も凄いけど、最近のバイクって喋るんだねぇ」


「……ええ?ちょっと叔父さん何を言って」


 こんな造形のマスクなのは身に着ける者のセンスのせいなのか?と首を捻るキリカだったが叔父の言葉に注意を取られる。車のカーナビでは無いのだからそれは流石に無い、と否定しかけた時だった。


『礼を言うぞオヤジ。相棒の奴は何かと根を詰め過ぎな所があるのでな』


 その耳に機械的なエコーがかかった声が聞こえてきた。それと同時に静かにエンジンの音が耳に入り、キリカと叔父の側にあのバイクが、青い車体に白いラインをした骸骨頭のバイクが誰も乗ってないにも関わらず動いていた。


「え?これどういう事?」


『む、そちらがお嬢さんか。まぁ私の事はマクレーンとでも呼んでくれ。ご覧の通りのオートバイ、おっと普通のマシンでは無いぞ?今聞いている通り対話式インターフェース機能搭載のスペシャルだ。どうだ凄いだろう?』


 聞いてもいない事を勝手に話してくるバイクにキリカは頭痛を覚える。正直な所バイクの事など、更に言えば精密機器の知識などさっぱりだった。ただ、骸骨頭の乗りこなすバイクが普通の物では無いと思う事には異論は無かった。


「それは凄いですね。それで叔父さん、そこのウザいバイクとこの人はどれくらい前にここに?」



『おいお嬢さん!あんまりじゃないか!雑に流さないで!流さないで!色々聞きたい事があるんじゃないですかねぇ!?』


 キリカの口から今度は疲れたようなため息が漏れる。まともに構ったら絶対に面倒な事になる。だが無視すれば騒がれるだけ。頭痛が更に酷くなる感覚を覚えた。


「あーもう……こんなのに何を聞けってのよ」


『この倉庫に匿われた時にそこのオヤジから少し聞いたぞ。なんでもお嬢さんは、相棒にご執心のようだな』


「……叔父さん!」


 キリカの怒気を含んだ視線が叔父に突き刺さる。こんな口の達者なバイク風情に何を喋ったのかと。ただ叔父の方はのらりくらりとした態度を崩さない。


「だって本当の事じゃないか。分かりやすいくらいだよ。動画を見て、この骸骨の頭の人が出てくればそっちばかりを気にしてる。それを話したらマクレーンさんも乗り気になってくれたよ」


『遠慮をするな。相棒の事なら可能な限りは答えてやろう。女の涙には弱いからな』


「この骸骨頭の事……」


 三ヶ月前から、ずっと骸骨頭の事ばかり気にしていた。一体彼が何を思い、何を感じて怪物と戦って来たのか。その答え合わせをするのは今のタイミングしか無いと。


「うん、取り敢えずは……えい」


『ああっ、蹴るな!何も答えてやらんぞ!』


 それはそれとして、このマクレーンというバイクの喋り方が癪に障る部分があったのでキリカはその青い車体に蹴りを入れた。


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ぼっちの骸骨戦士を救いたい ナナシノ @inmarsi

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