番外編「ティファーヌがおじちゃまに手紙をかく話」
ランヴェール公爵夫妻と一緒に花の都と呼ばれる皇都に滞在しているティファーヌは、まだ幼い女の子。現在北方ナバーラ国とたたかっているレイクランド卿の愛娘だ。最近、読める文字が増えてきて、簡単な単語で書かれたお手紙を自力で読めるようになったばかり。
大人たちが夜会の準備に追われる中、ティファーヌは公爵家の別荘で「足長おじちゃま」から届いたばかりのお手紙を読んでいた。
「こわい。おじちゃまがおしえてくれたの。今日は、ドール・フェスティバルなんだって」
「ぐるるる」
「こわい。うなるの、だめ」
「くぅん」
もふもふの仔狼に似た精霊獣「こわい」は、元々の名前は「アシル」だ。
しかし、ディリートが「プリンス」と呼び、ティファーヌが「こわい」と呼び、もうなんか名前とか好きに呼ばせたらいいんじゃないかなって感じで返事をするようになっている。
「パパは、いつかえってくるのかな」
ティファーヌはちょっぴり寂しそうに言って、パパのお手紙をひらいた。パパは、遠いところにいて、忙しいらしい。足長おじちゃまは頻繁にお手紙をくれるけど、パパはあまりお手紙をくれないのだった。もう何回も読み直しているお手紙には、「ぱぱ、もうすぐかえるよ」と書いてある。
「パパのもうすぐ、もうすぐじゃない」
「くぅん……」
こわいは少しだけ哀しそうな声で鳴いて、ふさふさの尻尾をしゅんと垂れ下げた。
そして、侍女たちに扉を開けさせてティファーヌの部屋から去って行った。
「こわい、またね」
ティファーヌが扉にむかって手を振っておじちゃまにお返事を書こうとすると、侍女たちが何かを運んできた。
「ティファーヌお嬢様。ドールセットでございます」
「ドールセット?」
侍女たちが運んでくるのは、可愛らしいドレスのお人形だ。
ドレスのお人形だけではない。貴公子のお人形も運ばれてくる。
「旦那様が、ドール・フェスティバルをすると仰せになりました」
こうして、夜会の準備に追われていたランヴェール公爵家はドール・フェスティバルもすることになったのであった。
* * *
『ティファーヌの足長おじちゃまへ
こんにちは。おてがみありがとうございます。
ティファーヌはうれしい、とても。
ティファーヌはドール・フェスティバルをしました。
おじちゃま、お菓子おくります。たべてね。
このまえ贈ってくれたネコチャン、ラビットって名前をつけたよ。お手はできません。
ティファーヌより』
大人たちは夜会に出かけてしまった。
ティファーヌはお手紙を書いて、侍女にうながされてベッドに向かう時間だ。
「おじちゃまはね、お手紙おくったら、すぐお返事くれるのよ」
おじちゃまがプレゼントしてくれたネコチャンのラビットは、しましま模様をしていて、かわいい。
しまねこね、と言ったらおじちゃまは「トラネコだ」と言ったのだけど、ティファーヌは「しまねことトラネコはどう違うのかしら」と思うのだった。
「夜会、おじちゃまもいるんだって。ティファーヌ、大人になったらダンスしてもらうの。約束したのよ」
ラビットに秘密を教えてあげると、ラビットは「ふにゃぁん」と鳴いた。あんまり興味がなさそうだった。
「お嬢様、あのう」
ベッドに入るティファーヌにそっと声をかけてくるのは、エマという名前の侍女だった。
「どうしたの」
「よいお知らせを偶然、きいたので……」
エマは「ないしょですよ」と言ってニッコリと笑った。
そして口元に人差し指をたてて、ティファーヌにとって、とっても嬉しいお話をしてくれたのだった。
「レイクランド卿が、かえってくるらしいんです」
「パパが?」
「ええ、ええ。戦争がおわるのですって」
ティファーヌは、「せんそう」をあまり理解していない。けれど、大人たちがその言葉を語るとき、みんなみんな悲し気だったり、ちょっと怖い顔だったりをするので、「せんそう」はよくないものなのかなと思っていた。それが終わると言ってエマがニッコリするのだから、やっぱり「よくないことが終わる」のだ。
「よかったのね、ハッピーなのね」
「ええ、ええ。これから、良い世の中になりますよ」
「パパとティファーヌ、ずっといっしょにくらせる?」
「もちろんですよ!」
とっても良いお知らせを胸に、ティファーヌはニコニコハッピー気分でおじちゃまの手紙にメッセージをつけたした。
『おじちゃま、せんそうがおわるってしってた? ティファーヌは、しってる! よかったね! よい世の中になるんだって』
お手紙を渡してね、とエマに頼んだから、きっと明日にはおじちゃまに届くだろう。
ティファーヌがその夜にみた楽しい夢の中には、パパがいて、ママがいて、ランヴェール公爵家のみんながいて、こわいもラビットもいて、おじちゃまがいた。
みんなが仲良しで、人形をみんなで並べたり、倒したりして、わいわいギャアギャアと騒いでいた。
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