32、魔法つかえるよ~、え~い、うわあああん


 魔法使いが集まり、順番に祝いの魔法が披露される。


「ゼクセンは、祖先が親しんだ海の神秘を見せましょう」

 ゼクセン派は水魔法を集団で使い、夜会の会場中に水で作った魚の大群を泳がせた。


「ランヴェールは、現代も精霊と濃く交わる炎の民である。我らの権能を見るがよい」

 ランヴェール派は火の粉で花がパァッとひらく様子を描いて、会場を沸かせる。

 

 華麗な水と火の共演に、皆が目を輝かせて夢中で魅入った。幼い第三皇子をひざに乗せて、第二皇子も楽しそうな表情をしている。


「あにうえ~、ボクも、魔法つかえるよ~。え~い」

 

 第三皇子の可愛らしい声と共に、第二皇子の前髪がこんがりと焦げ、上からビシャっと水が落ちる。

 

「うわあああん」

「で、殿下! 殿下ぁっ!」

 

 自分の魔法で水浸しになった第三皇子が泣き声をあげて、臣下があわてて駆け寄って、大騒ぎ!

 第二皇子は困り顔で笑い、「大丈夫だよ」と弟をなだめた。 


 

「そなたは、火が怖いのでしたね?」

 ランヴェール公爵は家臣から封筒を受け取り、中身を確認してから、マントを広げて妻の視界を覆った。

 

「怖いなら、目を閉じて。終わるまでこうして私に独占されてみては、いかが」

「ど、独占?」

 妻を抱き寄せ、公爵は繰り返した。

「ええ。独占です」

 

(独占、ですって)

 くすぐったい感じがする。悪い感じではない――ちょっと嬉しいと思っている。寄り添う夫の体温は、優しくて紳士的で心地よい。


「ディリート。私は雪があまり得意ではありませんが、そなたは?」

「雪は綺麗だと思いますわ」

「今度、雪遊びをしましょうか?」

「雪遊びとは、何です?」

「雪像を鑑賞したり、雪の家に入ったりするのです。温泉に入るのもよいですね」

 夜会にいるのを忘れてしまいそうな、のんびりとした話が続く。

 

(イゼキウスは、どうするのかしら? 水属性の魔法は使えないのに)

 気になってしまうのは、イゼキウスのことだ。

 一度目の人生では、水魔法を使う必要がある時にはディリートが助けてあげたのだ。

 

 困っているのではないか?

 ピンチなのではないか。どう誤魔化すのか?

 そう思うと、ソワソワしてしまう。

 

「ディリート、我らの第一皇子殿下が水のウサギに火の輪くぐりをさせていますよ」

 ランヴェール公爵はおっとりとした声で実況をしてくれる。


「グレイスフォン公爵が魔宝石に火の魔法をこめて、温石おんじゃくだと主張しています。そして、水の魔法がこめられた魔宝石でゴブレットに水を注いでいますが……」

 

 温石とは、文字通り、熱のこもった石である。ポカポカする石は冬場に人々を暖めてくれるのだ。


(ああ、魔法をこめられる魔宝石を使ったのね。私以外の水魔法の使い手に、魔法をこめさせたのね)

 

 ディリートは吐息をつき、自分の気持ちに戸惑った。

(私、なぜ安心しているの?)

 

 ランヴェール公爵が何かを問いたそうな気配で、けれど問わない。心を見透かされていそうで、ドキドキする。


(私は声を上げるべきなのでは? 『その男には水属性がありません』と、今すぐにでも)

 

「地味ですね」

 夫が呟く。

 ディリートはビクッとした。

「じ、じ、地味? なんですっ?」

「いえ。彼は、もっと派手に魔法を使うかと思ったのです」

 何かを探るように、ランヴェール公爵の視線が自分に注がれるのが感じられる。


(言うのよ。言えばいいのよ。そうすれば、夫は……イゼキウスは……)

 

 ディリートはぎゅっと目を固く閉じて黙り込んだ。言葉を発することは、できなかった。


「ディリート? そなた、この耳飾りの魔宝石に水の魔法をこめられますか?」


 ランヴェール公爵は少し考え、右耳につけていた耳飾りを外してディリートに握らせた。

 

「はい、……どうぞ」

 

 魔法をこめると、ランヴェール公爵は短く感謝を唱えてから左耳につけていた耳飾りを外し、火の魔法をこめた。

 そして、おもむろに声を放った。

 


「アシルが第二皇子殿下にお祝い申し上げます」

 


 その手が二つの耳飾りを放ると、空中で炎と水が弾ける。水は透明な軌跡を描いてシャワーを降らせ、第二皇子がカラにしたばかりの杯に水を浸した。

 炎は薔薇の花びらのようにひらりと舞い、空気に溶けるように消えていった。


「おや、ランヴェール公爵が水を」

「あら、水魔法ですわね?」


 ざわめきに、ランヴェール公爵は頷いた。


「私の妻ディリートは水魔法使いなので、魔宝石に水をこめてくれました。私自身には水属性がありませんが、皆さんは一瞬『水属性もあったのか』と驚かれましたね?」


 ディリートはドキリとした。

 なんとなく、夫の言いたいことがわかったのだ。


「そういえば……このアシル。グレイスフォン公爵殿下が魔宝石を使わずに水の魔法を使われる姿を拝見した記憶がございません。皆さんは、いかがですか?」


 注目が集まる中、ランヴェール公爵は思案気に声を響かせる。

 

「グレイスフォン公爵殿下のご気性を考えますと、恐れながら、こういったパフォーマンスの場では特に、派手な立ち回りで他者より目立とうとなさりそうな……」


 会場中に「確かに」という声があがる。それを背景に、ランヴェール公爵は言葉を続けた。


「ゼクセンの水の血統は薄まり、水魔法を使える者が世代を経るごとに減っていますね。使い手の少ない水魔法が使えるならば、グレイスフォン公爵殿下なら積極的に見せびらかしそうな印象がございます」


 イゼキウスは慌てて「俺は意外とシャイなんだ!」などと言っている。説得力はあまりなかった――ランヴェール公爵は、淡々と声をかぶせた。


「能力を見せつける絶好の機会に、事前に魔宝石にこめた地味な魔法で場を濁された……アシルはそれがどうも、気になっているのです」


 ランヴェール公爵は、エミュール皇子に視線を移した。

 臣下と主君の視線がパチリと絡み合ったあと、エミュール皇子はイゼキウスへと視線を向けた。


「イゼキウス」

「ウッ……」


 イゼキウスは目に見えて狼狽ろうばいした。


「イゼキウス、水のウサギを生成してみせてくれないだろうか? エミュールは今とても従兄弟いとこが作る水のウサギを見てみたいのである。ぷりーずおねがい?」

 

 白ウサギめいたエミュール皇子が放つ声には、弱った草食動物をみつけて舌なめずりする飢えた肉食の獣を彷彿ほうふつとさせる響きがあった。

 

「げっ」

 イゼキウスはビクリと肩を揺らし、一歩退いた。

 顔色が目に見えて悪くなる。

 わかりやすい。とてもわかりやすい。

 

「どうしたイゼキウス。顔色が悪いではないか?」

 

「お、お、俺は、今ウサチャンをつくる気分じゃねえんだ」

 

「ほう、ほう。別にウサチャンが嫌ならネコチャンでもよい。その隠し事がバレそうで焦ってる感じ、……健康によい……!」


 

 ――イゼキウス、絶体絶命の大ピンチ……!?



 にじりよる第一皇子と、真っ青になって後退る皇帝の甥。

 

 見守る周囲には、「たった今、我らの目の前で大変な真実が今明かされようとしている……たぶん」という緊張があふれた。

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