〈4〉




 翌朝。



 私は猫賀御くんと決めた駅前の待ち合わせ場所へ向かった。



 昨夜、京香さんから聞かされた『鬼目家の秘密』とやらが気になって寝不足気味だ。



 とにかく京香さんが酔ってなくて時間のあるときにまた詳しく聞かなければ。



 ため息と欠伸を繰り返しながら歩いていると。



 ───ひゅッ。


 なにやら音がして、冷たい空気を足元に感じた。



 風が吹いたのだと一瞬思った。



 でも立ち止まってコンクリートの地面に視線を向けると、黒い影が動いたように見えた。



 ドキッとしたが、それは一瞬で消えた。



 気のせいだよね。寝不足だからきっと……。



 私はそう思うことにして歩き出した。




 いつもは素通りする駅前に到着し、猫賀御くんを探す。


 待ち合わせ場所は駅前にある時計塔の下辺り。



「ミハネ先輩!」



 私に気付いた猫賀御くんが駆け寄ってきた。



「おはよう、猫賀御くん」



「おはよう、美羽先輩」



 猫賀御くんのにっこり笑顔に朝からドキドキする。



 でも───あ、れ……⁉



 今なんかまた、ひゅっと冷たいものを感じた。



「先輩?どうかしましたか?」



「ぁあ、ううん。なんでもないよ」



 冷たい空気に首を撫でられたような気がしたんだけど。



「先輩、昼ご飯はいつもどうしてますか?弁当?学食?」



 歩き出してから猫賀御くんにこう聞かれて、冷たい空気のことはすぐに忘れてしまった。



「今日はお弁当。猫賀御くんは?」



「俺はいつも学食か購買のパンです。あの、誰かと食べる約束してますか?」



 約束ではないが、いつもクラスの同じ二、三人のメンバーで食べることが習慣になっていたけれど。



「今日から一緒に食べようか」



 私から言ってみる。



「あ!先越されたッ。誘おうかと思ってました」



 猫賀御くんが照れ臭そうに笑った。



「お昼は食堂で待ち合わせればいい?」



「中庭がいいです」



「うん、いいね。いつも季節の花が咲いててとても綺麗だよね」



「花もいいですけど」



 猫賀御くんがクスッと笑ったので、横を歩く彼を見上げると、錆浅葱色の瞳が近付いた。


 吸い込まれそうなその眼は、朝の光を受け錆色が薄れて淡い浅葱色だけに見える。


 そしてふわりと、私の左手を猫賀御くんの右手が包んだ。



「俺は美羽先輩と二人きりになりたいから中庭がいいんです。授業終わったら先輩の教室まで迎えに行きますから待っててくださいね」



「ぅん」



 なんだか。手を繋いだ後から、たくさんの視線を感じるような気がする。



 それも皆、同じ制服の人たちに!


 でも当たり前か。



 この道の先に学校があるんだもの。



 昨日の下校は遅くて、こんなに生徒が歩いてなかったせいもあって気付かなかったけど。



 手を繋いで、一緒に登校して。



 私たちお付き合い始めました!……なんて、アピールじゃないけど。



 周りにはそう見えるかもしれない。



 いつもと違う空気の変化があるのを私は感じた。



 それに猫賀御くんってたぶん、いやきっと女子に人気があるのではと思う。


 ときどき女子生徒たちから睨むような視線も感じたり。


 猫賀御くんと一緒に登校するドキドキと、注目浴びてるドキドキが重なって、なんだか息苦しい。



「先輩、緊張してますね」



「だって。たくさん視線を感じる気がして。猫賀御くんは緊張しないの?」



「俺は緊張よりも嬉しいから。だってこんなふうに美羽先輩が俺の彼女だってこと、見せびらかせるんですよ」



 こう言いながら猫賀御くんは、繋いでた手をいきなりゆらゆらと揺らす。



 無邪気で明るい彼の笑顔を見てると、不思議と緊張が解けていく。



「そうだね。私、猫賀御くんの彼女になったんだもんね」



「そうですよ。もっと自覚してくださいね。それから俺のこと、もっと好きになってください」



「……うん。頑張る……」



 自覚するって勇気もいるけれど。


 でも私、きっともっと君のこと、好きになっていくと思うから。



 ♢♢♢



「猫賀御くん、どこまで行くの?」



 ようやくお昼休みになり、葵や紫陽花の咲く中庭を、私は彼に手を引かれ歩いていた。



 猫賀御くんは中庭をどんどん進んで行くのだけど。



 変だな……。



 中等部の中庭ってこんなに広かったっけ?



 猫賀御くんはようやく立ち止まると辺りを見回し「じゃ、あそこで」と言って木陰のベンチを指差した。



 私はお弁当とお茶。



 猫賀御くんは購買のカレーパンと野菜ジュース。



「わぁ。先輩のお弁当、美味しそうだなぁ」



「玉子焼き、食べてみる?」



「いいんですか?」



 頷くと、猫賀御くんは目を細めた。



「欲しいです。あーん」



 無邪気な顔で口を開ける猫賀御くんに、私は玉子焼きを食べさせる。



 指先がちょっとだけ震えた。



「どうかな。今日の玉子焼き、いつもより少し甘めかも」



 猫賀御くんは嬉しそうにモグモグと食べながら「美味しいです」と言った。



「しょっぱい玉子焼きもときどき作るけど、猫賀御くんはどっちが好き?」



「甘めが好きです」



 ふむふむ。甘めね。



「けど美羽先輩が作ったのなら」



 明日また作ってこよう。



 おかずも少し多めに作って猫賀御くんに食べてもらおうかな。



 などと考えていると。



「全部好きですよ」



 隣りに座る猫賀御くんの顔がいつの間にか接近してて。



 その言葉と声は私の胸の奥まで響いて鼓動が高鳴る。



 そしてまた────ひゅッ!と。


 私の背中を冷たい何かが撫でた。



 そして同時に、目の前の猫賀御くんを通り越した先に一瞬、黒い影が見えたような気がした。



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