〈3〉



 その晩、叔母の京香さんから「残業で遅くなる&友人と夕飯も済ませてきます」という連絡があった。


 二十二時を過ぎた頃に帰って来たほろ酔いの京香さんは、帰宅するなり私に聞いた。



「美羽。もしかして男、できた?」



「エッ⁉ 京香さんってば、いきなりなにを……」



「だって。なんだか匂うよ?」



 はい?



 匂う?



「まだお風呂入ってないよね?」



 京香さんがクンクンと鼻を鳴らしながら私に寄って匂いを嗅ぎまくる。



「入ってないけど。なにそれ、どんな匂いがするっていうのよ?」



「雄の匂い。あなた誰かと密着してた?手を繋いだとか」



 猫賀御くんの手の温もりを思い出し、私は顔が熱くなった。



「ぅ、ん。手、繋いだ……」



 私は交際することになった猫賀御くんのことを京香さんに話した。



「ほら、やっぱり男ができたんじゃないの。……へぇ、美羽にも手を繋ぐような男ができたのかぁ」



「でもどうして判ったの?」



「いつもと違う匂いが美羽に強く残ってたから。匂いでオスかメスか嗅ぎ分けただけよ。いろいろ視えるときもあるけど、今回は匂いだけだね」



 京香さんにしか判らない匂いの嗅ぎ分けも、見えないはずのものが視えるという力も普通の人間にはないものだ。



「京香さんが昔から霊能力があるって話はお父さんから聞いてるけど。でも匂いで判っちゃうなんて凄いね」



「呑気ねぇ、美羽は」



「え?」



「兄さんったら、あなたに何も言ってなかったのね。……まぁ、言えなかった、というのもあるのかな。この話は鬼目家の男には無理だもんね」



「話って?」



「あのね、美羽。私の能力に凄いねぇなんて言ってられるの今だけよ。鬼目家の女性はね、特殊な力をもって産まれるのよ。だから美羽、あなたにも異能はあるの」



「は?」



「でも目覚める時期は個人差があるみたいだけどね」



「なにそれ⁉ どういうこと? 」



「鬼目家に産まれた女性は現世を彷徨ってる霊や妖が見えたりするんですって」



「ぁ、あやかし!?」



「あ~、もうこんな時間。私、明日も早いから先にお風呂入って寝るわ」



「京香さん、その話もう少し詳しく……」



「えー、長くなるし。眠いし。私もそれほど詳しいわけじゃないし。今夜はやめてまた暇なときにね」



「───そ、そんな、京香さんっ」



 面倒くさそうに言いながら浴室へ向かおうとする京香さんを私は引き止めた。



「いきなりそんな話して続きはまたなんて困る!」



「でもまだ視えたりしないでしょ? ……あ、でも亡くなった私の母が───あなたのお祖母ちゃんがね、よく言ってたわ。鬼目家の力が欲しくて寄ってくる者たちもいるから気を付けろって」



「それって悪霊や妖に取り憑かれるとかそういうんじゃ……」



「まあ、そういう可能性もあるみたい」



「ど、どうしたらいいの?」



「べつに何も。そのために角があるんだって」



───つ、の?



「角って。鬼の頭にあるやつ?」



 私の質問に京香さんは「違う違う」と片手をパタパタさせながら答えた。



「実際に私や美羽の頭に角があるわけじゃないのよ。『ツノ』とは呼んでるけど、防御力とでも言うのかな。護りの力なんだって」



「妖や悪い霊から護ってくれるってこと?でもそれどこにあるの?」



 角が頭にないとしたら?



「ここにあるって」



 京香さんが胸の辺りを軽く叩いた。



「母は言ってたわ。心の奥の大切な場所にあるんだって。霊力異能に目覚めていない間は無意識のうちに護られているけれど。気持ちの中に大きな変化があったときは要注意よ。護りのバランスも崩れやすいそうだから」



「なんか難しい」



「今の美羽の心の状態がそれでしょ。特定の異性を好きになったりするあれよ。『恋してる』ってやつ。恋は心に変化をもたらせ、目覚めを促す。そして角の力を不安定にさせるものよ。だから気をつけなさいね、美羽。そのネコガミくんだっけ?なんだか雄のものとは別に引っかかる匂いがするから」



「猫賀御くんが?」



 京香さんは頷いた。



「でもあなたに害を加えるという感じでもないから。しばらくは傍観していてあげるけど。でも何か変なことが起きたらすぐに言うのよ。それから今夜話したことは鬼目家の秘密なんだから、絶対に他言無用よ、いいわね」



「……うん、わかった」



 京香さんは「じゃ、お風呂お先でーす」と言って浴室へ向かった。



 はじめて聞かされた鬼目家の秘密。



 私は何の実感もないまま、ただ唖然とするばかりだった。



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