〈2〉
私の家は学校から徒歩で二十分くらいの場所で近くに駅がある。
猫賀御くんはその駅から電車に乗って帰る。
一緒の下校は駅までだ。
校舎を出て歩きはじめてから、私は焦っていた。
告白の返事、いつ言おう。
いま言うべきかそれとも駅に着いてからにしようか。
───やっぱり今!
迷ってる間に駅に着いちゃう。
「猫賀御くん、あのね!」
急に立ち止まった私に猫賀御くんも足を止め、不思議そうな顔で私をみつめた。
「私、今日、猫賀御くんに返事をしなきゃと思っていて。ぉお、お付き合いのこととかっ。告白されたお返事を」
「ぁ、はい」
猫賀御くんが緊張したように背筋を伸ばした。
「私なんかでよければ……その、ぉ、お付き合いを、ぉお、お受けしたいと思いマス」
緊張のあまり
猫賀御くんはそんな私に向かってニッコリと微笑んだ。
「ありがとう、鬼目先輩。これからよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる猫賀御くんに、おもわず私もお辞儀を返した。
「こ、こちらこそっ。そんなご丁寧に!」
顔を上げ猫賀御くんを見上げると、
「あのさ、猫賀御くん。私、自分の苗字がね、昔からどうも好きになれなくて。だから呼び方、普通に先輩だけでいいから」
「下の名前と一緒じゃダメですか?」
「うん。それでもいいよ」
友達にも名前で呼ばれることが多い。
「じゃあ、ミハネ先輩」
猫賀御くんが私の耳元に口を寄せ、ささやくように呼んだ。
「こ、コラッ!近すぎ!」
そんな耳元でっ。心臓に悪い。
慌てながら三歩半くらい後ろに下がった私を見て、猫賀御くんは楽しそうに笑って言った。
「顔赤いですよ、美羽先輩」
「ぁ、暑いから!そろそろ梅雨になるし。これは蒸し暑さのせいなのっ」
「そうですか?」
猫賀御くんは首を傾げた。
君の声にドキドキしてますなんて言えない!
「耳まで真っ赤だよ。美羽先輩」
「そッ、それは君がいちいち近寄って喋るからです!」
睨んで怒ってみるのだが、猫賀御くんは悪びれもせずに微笑む。
しかもその笑顔が可愛いときてるから!
モヤモヤするやら恥ずかしいやら悔しいやら。
「手、つなぎたいです」
猫賀御くんが私に手を差し出した。
緊張しながらも、私はゆっくりとその手に触れた。
………あ、やっぱり大きいな。猫賀御くんの手。
包まれる感覚がなんだかくすぐったい。
「先輩の家まで送ります」
「遅くなるからいいよ。電車の時間に間に合わなくなるよ」
「大丈夫です、列車一本くらい遅らせても。まだそんなに遅い時間じゃないから。それに」
猫賀御くんが繋いでいた私の手をぎゅっと握った。
「美羽先輩は俺の彼女だから。ちゃんと家まで送りたいんです。なんなら朝も迎えに行きますよ」
「ぉ、お迎えまではいいから。猫賀御くんが大変でしょ。朝は駅で待ち合わせにしよう」
「べつに大変じゃないですけど。まぁ、美羽先輩が嫌ならそうします」
猫賀御くんが不満気な顔で言う。
「嫌なわけじゃないんだよ。でもね、朝からドキドキして落ち着かなくなるの困るから。朝ご飯もゆっくり食べたいし」
───は!朝ご飯は余計な事!
言ってから恥ずかしくなったけどもう遅い。
私の横で、猫賀御くんがクスッと笑うのが判った。
「俺にドキドキするんですね、美羽先輩は」
「ふゃっ!?」
耳元に寄せられた猫賀御くんの声と唇の気配に、私は変な悲鳴をあげてしまった。
「オッ、面白がってるでしょッ、猫賀御くん!」
「いいえ。可愛いなって思ってます」
猫賀御くんがまた私の手をぎゅっと握った。
なんだか余裕な猫賀御くんに、私は戸惑ってばかりだ。
それからしばらくは会話もなく歩いたけれど、私には気まずい感が強いのに、猫賀御くんはなんだかずっと嬉しそうに微笑んでいた。
駅裏通りへ出て信号を渡り、コンビニを過ぎ、もうすぐマンションに着く。
「あのさ、猫賀御くん」
私は気になっていたことを聞いてみた。
「どうして私のこと……。何か好きになってくれたきっかけとか、あるのかなと思って」
猫賀御くんと私の接点は同じ図書委員というだけだ。
しかも私は三年生。学年も上で。告白されるまで意識したこともなかったのだ。
「図書室で先輩を初めて見たときからです。先輩の声も好きだし、さらさらな黒髪も。うん、一目惚れですね。でも一番は運命を感じたから。……なんて言ったら笑いますか?」
猫賀御くんは物凄く真面目な顔で言った。
「……ありがとう。目の前でそんなこと言ってくれる人が現れるなんて、私思ってなかったから」
「俺の方こそ。お礼言われるなんて思ってなかったな。美羽先輩のそういう真面目なところも好きです」
……なんだか、好きと言われる度に心拍数が上がりそうなんですけど。
「でも重くないですか?」
「え、おもい?」
「俺の気持ちとか」
「そんなことないよ。重いとか軽いとか。感じ方は人それぞれで『気持ち』って測れるものじゃないと思うし」
「じゃあ俺、遠慮しませんよ?」
ささやくような猫賀御くんの声に、また耳をくすぐられる。
「──ッ!そこは遠慮してッ」
「耳弱いとこも好きです。困った顔も好きです」
ふふふっと悪戯めいた表情で笑う猫賀御くん。
その笑顔に、なんだか胸がきゅーってなる。
怒る気も失せてしまうような笑顔だって君、判ってる!?
いたずらしても許せちゃう可愛いニャンコの動画を見てるときのような。
そんな気持ちを彷彿させるような。
猫賀御くんって、ホント猫っぽい。それから狡い、そんな笑顔は。
「ここですか?」
猫賀御くんが目の前に建つマンションを見上げた。
「そう。ここの703号室で独身の叔母と二人暮らしなの。今年の春から父の海外転勤が決まってね。母は一緒に行く気満々だったけど、私は外国暮らしなんて嫌でどうしても日本に残りたくて。そしたら叔母が一緒に暮らそうって言ってくれたの」
「へぇ、二人暮らしですか。俺と同じですね」
「猫賀御くんも?」
「俺の家も近いうちに教えますね。隣り街方面も案内しますよ」
この後、私は猫賀御くんとLINE交換などしたり、毎朝駅で待ち合わせる時間を決めた。
「送ってくれてありがとう、猫賀御くん。気を付けて帰ってね」
マンションのエントランスに入るまで、猫賀御くんは私を見送ってくれた。
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