猫賀御くんと私の秘めごと
ことは りこ
〈1〉
「
化学の実験室で。
クラスメイトの加奈ちゃんが中庭を挟んだ向こう側の教室を指差した。
見れば廊下側の窓からこちらを見て手を振る
「彼は猫賀御くん。変な言い方しないでよ加奈ちゃん」
言いながら、とりあえず私も小さく手を振った。
「だって
ニヤニヤと笑う加奈ちゃんに、私は言葉を詰まらせた。
クラスメイトで気の合う加奈ちゃんにだけは、猫賀御くんに告白されたことを相談していたのだ。
あれは二週間前の放課後、図書室で。
「
こう言ったのは中等部二年生の
その日、私と猫賀御くんは図書室のカウンター当番だった。
前日に図書委員会があったが、学校を休んでいた彼に議題内容の説明をしておいてと委員長から頼まれていたので、話を終えたばかりだった。
猫賀御くんって、とても綺麗な目をしてる。
突然の告白に呆然としながらも、私はそんなことを思った。
瞳の色は灰色よりも鈍色、そこに青緑を重ねたような。
日本人にはない色。不思議な妖しさがある魅力的な瞳。
どこか異国の血筋でも入っているみたい。
大きなガラス玉のような瞳は猫にも似ている。
そういえば苗字も『
猫賀御くんが身を乗り出しているのか、私が彼の瞳に吸い寄せられてしまったのか。
気付けば更に至近距離になっていて慌てた。
でも、あのときの私は彼に見惚れていたと言ってもいい。
「でも付き合うとか、まだ返事してないし」
「え、まだなの? 勿体ぶらないでさっさと良い返事してあげなさいよ」
「べ、べつに勿体ぶってるわけじゃ」
「おーい、加奈。予習ノート見せてくれ。ん?なに見てんだ?」
こう言いながら近寄ってきたのは遠藤くん。
加奈ちゃんの彼氏だ。
「あれ、あいつ。確かネコガミとか変わった苗字の奴だろ? 二年の。鬼目知り合いなのか?」
遠藤くんの質問に加奈ちゃんが「そうみたい」とか勝手に言う。
すると遠藤くんはなぜだか目を輝かせながら、
「わ、マジ?んじゃ頼むわ鬼目ッ。あいつをバスケ部へ誘ってくれっ!」
遠藤くんが合掌しながら私に詰め寄った。
「は?どういうこと?」
そのままチラリと猫賀御くんを見ると、なんだかムッとした顔でプイと視線を逸らして行ってしまった。
どうしたんだろ。なんだか怒ってたみたい。
「あいつ、五月の連休明けに来た転校生でさ。しかもバスケの強豪校から。転校するまでバスケ部所属だったって聞いてさ。だからこっちでもバスケ続けると思って誘ったんだけど断られてな」
そうか、遠藤くんはバスケ部だった。
「断った理由はなんだったのよ」
加奈ちゃんが訊いた。
「もともとバスケにはそんなに興味ないって理由。でもさ、かなり運動神経いいって。だからダメ元でももう一度!頼むよ鬼目。あいつの勧誘」
なんで私が!
隣りでは微笑を浮かべた加奈ちゃんが私を見ている。
ここで断ったら口止めしている猫賀御くんからの告白、遠藤くんにバラされる可能性大!
私は仕方なく頷いた。
「聞いてはみるけど、あんまり期待しないでよね」
「ああ、わかった」
先生が教室に入って来たので、話はここでお終いになった。
それにしても。
猫賀御くんが転校生で元バスケ部員だったとは。
でも考えてみたら私、猫賀御くんのことよく知らない。告白の返事も保留のままだ。
あれから一度、図書委員の返却カウンター当番で一緒になったけれど、あまり話さなかった。
でも加奈ちゃんの言う通りいい加減、告白の返事をしなければ。
最近は校内で会えたらと期待しているときもあったり。
学校で猫賀御くんと会えない日は残念だなと思うときがあったり。
彼のことを考えるとドキドキする。こんなことは初めてだ。
そしてもっとお喋りしたいとか、一緒にいられたらと思うようになってる。
あの不思議で綺麗な錆浅葱色の瞳をもっと近くで見ていられたらと……。
♢♢♢
「鬼目先輩」
その日の放課後、図書室の前で猫賀御くんに声をかけられた。
「一緒に帰りませんか」
私は頷いた。
「でもこれから本を借りたいから待っていてくれる?」
「はい、俺も借りたい本あるんで」
数分後、先に借り入れを済ませた私は猫賀御くんを探した。
彼も本を選び終えたのか、閲覧机の上で借入カードに記入している。私は近寄って猫賀御くんを見つめた。
猫賀御くんの手、綺麗だな。大きくて指も長い。
おもわず自分の小さな手と見比べてしまう。
「鬼目先輩、どうかしたんですか?手、そんなに真剣に見て」
「ぇと、私の手と猫賀御くんの手を比べてて。猫賀御くんの手は大きくて綺麗だなぁと思って。やっぱり手が大きいとバスケのボール持ちやすいの?」
私を見る猫賀御くんの視線が冷ややかになった。
「猫賀御くんは」
「昼間の奴」
声が重なった。
私はバスケやってたのね、と言おうとしたのだけど。
「なに?」
猫賀御くんの話を先に聞こうと思った。
「昼間、実験室で先輩と一緒にいたの、確かバスケ部員でしたよね」
「うん、遠藤くんね。猫賀御くんにバスケ部入ってほしいって言ってたよ。猫賀御くんってバスケやってたんだ」
「聞いたんですか? 俺がこっちに転校したことも?」
私は頷いた。
でもなんだか猫賀御くん、不機嫌? もしかして、触れてほしくない話題なのかな。
「話してたのはそれだけですか」
「ぁ、あのね、猫賀御くんがバスケ部入るように勧誘してほしいとか言われたけど。猫賀御くんにその気がないなら無理することないから」
「それだけの話でなんであんなに……」
猫賀御くんが唇を尖らせて言った。
「あいつ先輩に近寄り過ぎ」
「えっ。そうだった? 必死だった様子はあったけど」
「俺だって必死ですよ」
正面の猫賀御くんが、グイっと顔を近付けてきた。
間近に迫った瞳や鼻先にびっくりして、私は硬直。
「俺だって、もっと鬼目先輩の近くに居たいとか思うし」
いやあの。今、充分近いよ?
「どうしたらもっと先輩と仲良しになれるかなとか。毎日必死に考えてるし」
えーと。これはつまり。もしかして。
「加奈ちゃんもそばに居たよ?」
「女子は別です。先輩が俺以外の男子と至近距離で会話してんの見るの嫌なんです」
猫賀御くんはプイと視線を外し、私に近付けていた顔を引っ込めた。
これこれこれっこれって!
こういうのが「やきもち」とかいうものなんでしょうか?
「俺は部活に入るつもりないです」
「そっか。うん、わかった。遠藤くんには私から言っておくね。もう勧誘しないようにって。それから遠藤くんは加奈ちゃんの彼氏だから。加奈ちゃんがいるところに遠藤くんが来るのは仕方ないと思う」
「彼氏?本当に?」
「本当だよ」
猫賀御くんはどこか気まずそうな表情の後、いきなりくるりと背を向けた。
「……なんだ、そっか……」
溜息と掠れた声が漏れた。
猫賀御くん、今どんな顔してるんだろう。
私は猫賀御くんの柔らかそうな胡桃色の髪を撫でてあげたくなった。
やきもち妬かれたのなんて初めて。でもちょっと嬉しいかも。
私は猫賀御くんの背中にそっと触れる。
つん、つん。───て、指先で。
「そろそろ帰ろう、猫賀御くん」
やっと前を向いたその顔、ほんのり赤くて。
可愛いなと思いながら、私は見ないフリをして歩き出した。
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