#81 一度入ると、抜け出せないものがある
「え! チケットが当たった!?」
昼休みの食堂で、満を持してチケットを渡すと、さすがに全員(夕夏を除く)に驚かれた。
「いや、たまたま福引回したら当たってさ」
と、ここで「参ったな」というポーズを取るとこまでは台本通りだ。
井寄は、手元のチケットと俺の顔を交互に見ながら、浮足立った調子で言う。
「なんか、ホテルの名前もすごそうだよ……」
「あ、これ長野県なんだ」
スマホを操作し、何やら検索した九条がぽつりと呟く。
「九条が自然教室って言っててピンときたんだ。懐かしいだろ?」
小学生時代の思い出を遡り、俺は今回の旅行地を長野県に設定した。調べたところ、県内には日本有数の星空観光のスポットがあるという。
九条が見た過去の星空はそういう類ではなかったとは思うが、せっかくなら関連付けてみたいと考えたのだ。
「それにしても驚きだね。まさか、ちょうど六人分のチケットが当たるなんて」
「あ、ああ! そうだよな! 実はそれペアチケットでさ、俺も三回も当たるなんて思わなかったよ……」
誤魔化そうとすると、どうにも声が上擦ってしまう。誰かが読心術に長けてでもしたら、すぐにバレてしまうだろう。
この嘘は、六人分のチケット当選という中々無理がある嘘を通すため、夕夏が提案したものだ。チケット単品が六回当たるよりも、ペアチケットが三回当たる方が、まだ現実的と言える。
「友哉君、絶対これで運使い果たしちゃったよね」
「む、それは一大事だ。旅行当日も、安全に楽しんでくれ」
夕夏の言葉を真に受けたのか、堂島が俺の肩に手を乗せてきた。それに応えるように頷き、話の舵を切る。
「一つ注意なんだが、現地までの交通費は各自で払ってもらうことになる。本当は、そこもどうにかしたかったんだけど……」
飛行機ではなく、新幹線やバスを駆使した移動になるので、チケットを事前に確保しておくのも難しい。バスを貸し切るという手段もあるにはあるだろうが、それはあまりにも隠す気がなさすぎるというものだ。
「どうにかって、それができたら友哉の運は人類最高峰だ。今すぐ宝くじを買いに行った方がいいよ」
「ふふっ……!」
「ははっ……!」
茂木のからかいに、夕夏が吹き出す。それに釣られて、俺も笑みが零れた。
茂木は俺に対して最高の返しをした。しかし、そのことは俺と夕夏以外には分からない。なので、井寄と九条、堂島は惚けた表情を浮かべている。それどころか、口にした茂木すら俺達の様子に呆気に取られていた。
「二人のツボ、全然分からないんだけど」
「でもいいじゃん! なんか仲良さそうでさ!」
「価値観が共通することはいいことだ。俺も、チームメイトとは常に意見を交換して――」
「薫君、今その話はいいから」
俺と夕夏は、二人しておかしなツボに入ってしまい、しばらく笑いの渦から抜け出すことができずにいた。翌日、腹筋を痛めてしまったことは、胸の中だけに留めておきたいと思う。
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