#41 イレギュラーが生み出すチャンス

「えー! 食堂座るところないじゃん!」


 正確には、席はまだ空いている。問題なのは、六人という大所帯がまとめて座れる空き方をしていないということだ。彼らと一緒に昼食を取るようになってからというもの、食事場所は専ら食堂だった。その常が、今日崩れた。


「すまない、俺が答えに辿り着けなかったばかりに……」


「しょうがないよ。今日の四限は、ちょっと大変だったしさ」


 四限の数学を担当するのは、件の大門先生だ。単元の終わり、先生は自作した問題を生徒達に解かせる。それを解き終えるまで、教室から出ることは許されないのだ。実際は、次の授業との兼ね合いもあるからそこまで強制力はない。それに、質問すれば手伝ってくれるし、全問正解しろという制約もない。だが、堂島は真面目な男だ。加えて、担当はサッカー部の顧問。渡辺先生ほど敬意を持っていなくても、粉骨砕身で取り組もうとするわけだ。


「もう、私みたいに適当に書いて教えてもらえば良かったのにー!」


「あのね……あんたはそれでいいわけ? そういうことしてるから、いつもテスト前になって痛い目見るんでしょ」


 九条は呆れを隠そうともせずに、井寄に詰め寄る。完璧な解答をした九条の提出順は、上から数えた方が早い。そして、それとほとんど変わらない時間で提出した井寄の解答はというと、全問不正解だったのだ。その理由が、本人の発言ではっきりした。


「まぁまぁ、瑠璃もそこまでにして。怒ってたらお腹が空いちゃうだろ?」


「……分かった。でも、あまり桃を甘やかさないでよ? モテ男君もそうだけど、教える私の立場にもなってほしい」


「そこを突かれると弱いね。先生には、いつもお世話になってます」


 手の動きまで付けた大げさなポーズで、茂木は九条に頭を下げた。いつも、というのはなんのことだろうか。


「茂木と九条って、どういう関係なんだ?」


「どうって言われても、中学の時からの同級生ってだけだけど」


「私と瑠璃が小学生の時から一緒で、モテ男とは中学で会ったの!」


「ちょっと桃……!」


 九条の背後、おぶさるように飛びついた井寄が三人の関係を捕捉する。俺と明海は小学生の時に関わりがあって、井寄と九条、茂木は中学時代から交流があった。となると残り一人、堂島も何かしら誰かとの繋がりがあるのかもしれない。それこそ、運命というやつを信じそうになっている自分がいた。


「堂島も、入学前に俺達の誰かと接点あったりするのか?」


 気落ちし丸まっていた体に声をかけると、その背筋が伸ばされる。しゃんとした立ち姿に、俺は堂島の答えを期待した。


「いや、俺は誰とも知り合いじゃない。この学校で初めて会った」


「そうか……」


 聞いておいて、どう言葉を返していいか悩んでしまう。簡素な反応を漏らす口元が、僅かに震えている気がした。

 停滞した空気を破るように、明海が二度拍手を鳴らす。


「そろそろお昼食べ始めないと、授業間に合わなくなっちゃうよ」


「けど、食堂で食べられないとなると……」


 俺には、心当たりがあった。心当たりというか、行きたい場所だ。こうして友達とそこで昼を食べるのが夢だった。


「俺が案を出してもいいか?」


「友哉、どこかいい場所を知ってるみたいだね」


「いい場所ではあると思う……」


 ……俺に、いい思い出がないだけで。


「それじゃあ、トモちんに続いてレッツゴー!」

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