#40 恋人との顔、友達との顔
手を繋いだ俺と明海。クラスの中心人物ともいえる彼女が、影の薄い男子生徒と仲睦まじく登校するという光景に、教室は動揺を隠し切れていなかった。
「おい、どういうことだあれ」と友達の肩を小突く生徒、「何かの見間違いだ」としきりに目を擦る生徒、「どうしてあんな男が」とひそひそ盛り上がる生徒など、様々な反応が起きている。
考えてみれば、これまでは同タイミングの登校を偶然としてはぐらかしてきた。明海一派に俺が加わるようになったとはいえ、俺達が恋仲になるわけがない。そう偏見を持たれていたというのも事実なのだろう。
初日のクラスメイトの反応を見た俺は、かつての関係の間に油断しなくて良かったと心底思った。今の俺達の関係は、茂木をはじめとした友達が保証してくれている。後ろめたいことも、やましいやり取りも何もないのだ。
俺達が席に着くと、クラスメイトからの疑惑の視線が教室の後方に集中する。事情を知らない彼らに紛れて、異なった行動を取る影が一つ。慣れた足取りで机が形成する迷路を抜け、彼女は明海の席へとやってきた。
「おっはよー! 恋人一日目はどう?」
俺と明海を順に見やった井寄は、一切の遠慮もなく元気に尋ねる。明海と仲の良い井寄。そんな彼女が、俺達を恋人だと断じた。それはつまり、友人間では公認のカップルであるということだ。井寄にそこまでの意図があったかは怪しい(失礼)だが、結果として事態は落ち着きを迎えようとしていた。
「恋人一日目って言っても、今までそんなに変わらないよ」
「えー、そうなの? またまた隠しちゃって!」
明海の言う通り、俺達にそこまでの変化はない。何せ、これまでも仮初とはいえ恋人関係ではあったのだ。前々から手は繋いでいたし、距離感も含めて友達を超えていると言ってもいい。けれど、それはあくまで今のところの話だ。これから先、変化が訪れる可能性がないわけじゃない。むしろ、変わっていくだろう。それこそ、き……キスとかするかもしれないし。
(きゃーっ! 俺ったら恥ずかしい……!)
「なんで新宮君が顔赤くしてるの?」
染まった頬を両手で覆う俺に、明海は怪訝そうな顔を浮かべる。一方、井寄は俺の反応に水を得た魚のように生き生きとしだした。
「ほら、やっぱりなんかしたんでしょ」
「してないってば!」
「本当かなー? なら、直接体に聞くしかないね!」
「わっ、ちょっと桃……! くすぐりはなしだって! ははっ、はははっ」
騒がしくなり始めた隣の席を横目に、俺は席を立った。
すまない明海、井寄が満足するまで付き合ってやってくれ。そして、不甲斐ない彼氏を見限らないでくれ……! そう頭で念じながら、俺は一時避難先に選んだのは、茂木の席だった。
操作していたスマホから目線を上げ、茂木が俺に問いかける。
「おや、彼女との時間はもういいのか?」
「見ての通りだ」
そう言って俺が斜め後ろ――席で揉みくちゃになっている明海と井寄の方を向くと、納得したように茂木は肩を竦めた。
「二人は相変わらずだね。もし言い出しづらいなら、僕が桃を説得するけど」
「そこまでしてくれなくて大丈夫だ。俺も……その、友達との時間を大事にしたいからさ」
「……そうか、分かったよ」
なぜだか控えめになったトーンが、俺には気にかかった。しかし、その疑問を口にする前に、チャイムが時間切れを知らせたのだった。
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