#36 新しい一歩目
「あ、あれ……?」
明海は、目を丸くした後ぱちくりと瞬きをしていた。『遠足の時の返事ってわけじゃない』と前置きした話が、思わぬ結論になったからだろう。これじゃあまるで――
「……告白、OKしてくれたってこと?」
そう捉えることもできる。明海に好意を告げられ、今度は俺が明海に好意を告げた。それはつまり、俺達が両想いであるということ。それなら、どうして最初から返事をすると言わなかったのか。これには、俺の男としてのプライドが関係していた。
といっても、結果が分かっている勝負に臨んでいる現状に、プライドなんて欠片も感じないかもしれないが。
「残念だけど、告白の返事じゃない」
「え? でも、新宮君も私のこと好きだって……」
日が射したように明るくなった顔が、みるみるうちに陰に包まれる。
違う、俺は明海にこんな顔をさせるために思いを伝えたんじゃない。自分の見栄にこだわって、相手を思いやる気持ちを失いそうになってしまっていた。
「俺は明海が好きだ。それは間違いない。……これは返事じゃなくて、告白なんだ」
「告白……」
「俺は……新宮友哉は、明海夕夏のことが好きだ。頼む、俺と付き合ってくれ……!」
本能的に動いた体が、明海に頭を下げていた。へり下ろうという、打算的な考えは一切ない。あるのは、明海に対する好意だけだ。
目下、伸びた影は明海の足元に続いていた。今、彼女が何を思って、どんな表情をしているのかは分からない。告白への答えではなく、俺からの告白として好意を伝えたこと。果たして、明海は納得してくれただろうか。
向けられた好意を、ただ受け入れるだけで恋人になるということも、俺にはできた。あの時点で俺も明海を好きだったし、告白に頷くだけで結ばれる。一度その機会を放棄した以上、俺は俺なりのやり方で明海の気持ちに報いようと思ったのだ。
そこで選んだのが、自分の気持ちを全て打ち明けることだった。明海と同じように、俺が彼女に惹かれていると伝えることが、改めて俺から告白をすることが一番効果的だと考えた。
もちろん、男から告白をしたいという見栄の部分もある。けれど、根底にあるのは明海ときちんと向き合いたいという心だった。
何分経った頃だろうか。頭上から、吐息が降ってくる。呆れ、失望、安堵、感動。どれか一つではなく、複雑に混ざり合ったような感情が吐露される。
「……そんなの、ずるいよ」
言葉とは裏腹に、叱責ではなかった。明海の声が震えていたから。
「新宮君、私のこと好き?」
「それは――」
「私の目を見て言ってほしい」
俺は顔を上げて、明海と向き直る。真っ直ぐと注がれる視線が、重なった。お望みとあれば、いくらでも言おう。彼女が満足するまで……いや、満足しても言い続けよう。それで、明海への好意を証明することができるなら。
「好きだ、明海」
「……うん」
「これからも、俺の隣にいてほしい」
「うん」
恋心というのは不思議なものだ。普段なら恥ずかしくて言えないようなセリフが、すらすらと出てくる。
「ノートを埋めるのも、明海とじゃないとダメなんだ。明海と青春を送りたい」
「うん」
「それから、ノートを埋め終わっても側にいてほしい。俺は、明海なしじゃ青春を謳歌できそうにないんだ。明海のことが、好きだから」
「こんな直球で言われると思ってなかったよ……。でも、うん」
夕焼けが去り始めてもなお、明海の顔は赤いままだ。それが自分の発言が原因だと思うと、途端に顔が熱くなってくる。放課後の屋上で愛を囁き続けるなんて、俺とんでもないことしているんじゃないか?
それから、何か納得したように頷いた明海は、初めて会った時と同じ、真昼と錯覚しそうなほど眩しい笑顔を俺に向けた。
「私も、新宮君のこと大好きだよ。これからは本当の恋人として、よろしくね」
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