#34 あなたの秘密を持ってます
それから、放課後がやってきた。俺の待つ屋上には、斜陽が射し始めている。前は呼び出される側だったが、待つ側というのも案外ハラハラするものだ。相手が、本当にここに来てくれるか。そんな不安や焦りが付きまとう。
いや、心配はいらないはず。相手は俺の呼び出しに応じざるを得ないのだ。
その確信を肯定するように、扉が音を立てて開く。
「新宮君……」
屋上に現れた明海は、俺を確認すると咄嗟に目を背けた。差出人が俺だと疑わなかったのだろうか。それとも、対面することで気まずさが襲ってきているのか。どちらにしても、これが普通の告白だったらメンタルに大打撃だっただろう。
「よく来てくれたな」
緊張を押し殺して、俺は優位に立とうと振舞う。胸を張って、萎縮しないための演技。けれど、その虚構が今は心強かった。
「じゃあ、あの手紙は新宮君が書いたんだね」
「あれは手紙じゃない。脅迫状だ」
体裁は大事だからな。あれは、脅迫状。それは揺るがない事実だ。
「『あなたの秘密を持ってます』だっけ。私、なんで脅迫されてるのかは分からないけど……そうだよね、新宮君なら知ってるよね。私が、お金を貰って新宮君の彼女になってたこと」
「そ、そうだな」
「でもさ、意味ないんじゃないかな? だって、私にお金を払ってたのは新宮君なんだから。私の秘密は、新宮君の秘密でもある。それに、私はお金を返す。これなら、新宮君に私を脅迫することはできないよね」
明海の秘密を暴露すれば、それは同時に俺の愚行を流布することに繋がる。そして、明海は受け取った金銭を一円も使っていない。その事実が、俺があの関係を強制したような構図を生み出す。明海の言い分としては、俺にとって分の悪い脅迫だということだろう。
そもそもこの脅迫が茶番であるということはさておき、俺には一つ訂正しておきたいことがあった。さっきの明海の推論に異議を申し立てておきたい。
「悪いけど、俺の持ってる秘密はそれじゃないんだ」
「え?」
他に何があるんだ。明海は、そう言わんばかりに驚いた表情を見せる。
さぁ、これを自分で言わなければいけなくなるとは。腹を括れ、俺。ここで逃げたら、もうチャンスはないぞ。
「明海は……俺のことが好きなんだろ?」
「……うん、そうだけど」
茜色の空間に、甘くて青い色が混じる。恥ずかしくても我慢するんだ。改めて明海からの好意を確認できて、嬉しいじゃないか。
「それが、明海の秘密だ。俺はてっきり、これをバラされたくなくてここに来たと思ってたんだけど」
「あー、そっちだったのか……。実は、桃と瑠璃は知ってるんだよね。私が、新宮君好きなこと」
「え……」
今度はこっちが驚く番だった。おいおい、それじゃあ俺の脅迫は最初から意味を成していなかったってことか? 呼び出しを無視される可能性を考慮して、しっかり脅迫が成立する秘密を用意したつもりだったんだが。それじゃあ……
「なんで、明海は屋上に来たんだ?」
「呼び出した人がそれ聞く?」
「ごめん……。でも、脅しになってないなら無視するって選択肢もあっただろ?」
告白直後の気まずいタイミングなら、尚更だ。しかし、俺の質問がすると明海は呆れいっぱいにため息を吐いた。
「私は誰かさんと違って、声をかけられたからって逃げたりしないの。呼ばれたら返事するし、呼び出されたらちゃんと来るんだから」
「……耳が痛い話だ」
「それに、あの文章って私が書いたやつの真似でしょ? だから、新宮君が呼んでるんだなってすぐに分かったの。今日は避けられてばっかだったから、ちょうど良かったしね」
明海には最初からお見通しだったというわけか。頭脳戦なら、俺の敗北だ。だが、これはあくまで前座。脅迫状の目的は、明海と緊張せずに向き合うこと。それが叶った以上、俺の計画に支障はない。
「それで、新宮君は私を呼び出してどうするつもりだったの? もしかして、本当に脅迫しようとしてたり?」
明海の問いかけに、俺は首を横に振る。
「明海に話があったんだ。遠足の時の返事ってわけじゃないんだけど、俺の気持ちを聞いてほしい」
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