#7 転がる箸に、俺はなりたい

 そして、昼休み。食堂の一角は、俺を含む明海一派の六人が占有していた。


 湯気を立ち上らせる定食を前に、俺は固唾を飲む。当然、昼飯を前に腹を空かせているわけじゃない。

 合コン形式にも思える席配置は、何も男女別々というわけではないのだ。右隣はサポート役の明海、左隣にはなぜか井寄がいる。緊張でうろ覚えだが、「面白そうだから私ここー」みたいな軽い動機だった気がする。


 正面を見ると、ザ・爽やか男子といった外見のイケメンと視線が重なる。うねる髪は、きっと遊ばせているというやつなのだろう。俺を見る瞳はどこか艶っぽくて、これだけで数々の女子を落としてきたのだと察した。


茂木もてぎ颯斗はやとだ。同じクラスだから、初めましてってことはないよね?」


「そ、そうっすね……」


 正直、会話するという意味では思いっ切り初めましてだけど。

 茂木は、明海一派の正統派美青年だ。明海曰く、他校の女子と付き合っているらしいが、それでもなお告白が止まらないというのだから凄まじい人気だ。


「モテ男はね、モテモテで茂木だからモテ男って呼ばれてるんだよー」


「は、はぁ……」


 それは中々に揶揄い要素の多い名前だな。ほら、茂木も苦笑いじゃないか。まぁ、本人が乗り気だったとしても、いきなりあだ名で呼ぶほどコミュ強ではない。


「新宮友哉だ。よろしく、茂木……」


「ああ、よろしく! 友哉とはなんだか仲良くなれそうだ」


「それは良かった……」


 目を輝かせる茂木に、俺は愛想笑いを返すことしかできない。いつか、この環境で心の底から笑える日が来るのだろうか。


「じゃあ、次は堂島どうじま君の番だね」


 明海の進行を受けて、俺の視線は茂木の左側――高校生にしてはやたらガタイのいい、角刈りの男に引き寄せられる。


「俺の番か」


 静かにそう言うと、堂島は立ち上がる。ワイシャツを張り詰めさせる筋肉質の体は、強烈な威圧感を放っている。五月だというのに、すでに上着は着ていない。それどころか、ワイシャツも五分丈ほどに捲られていた。


 堂島が大きく息を吸う。その音が、俺にはやけに鮮明に聞こえた。だが、過敏になった聴覚にとって、堂島の声量はまさに爆弾だった。


「俺は堂島かおる! サッカー部に所属している! 好きな食べ物はカレーだ! 以後よろしく頼む!!」


「よ、よろしく……」


 気持ちのいい発声を、俺はどうにか受け止める。自己紹介にもあった好物のカレーは、大盛りだったにもかかわらず完食されていた。食堂に集まってから、まだ五分くらいしか経っていないはずだ。堂島も、カレーは飲み物だと主張する側なのかもしれない。


「ちょっと薫君、声デカいってば! みんなに見られてるんだけどー」


「む、すまない。人間、第一印象が肝心だと聞いたものだからな」


「そういう真っ直ぐなところが、薫の美点でもあるんだけどね」


 キーンと耳が鳴っているような気がするけど、なんとか周りの声は聞こえるみたいだ。

 雰囲気に騙されそうになるが、茂木と同様で堂島も女子人気が高い。熱血漢で人が良く、スポーツ万能で恵まれた体格。この手の男に魅力を感じるのは、原始時代から変わっていないようだ。


「そしたら、最後は瑠璃かな」


「えー! 私は私は?」


「桃は散々ちょっかいかけてたからいいでしょ。この子は井寄桃、見たまんまの緩い子だから気を付けてね」


「あ、ひどーい! 私だって自己紹介した――むぐっ」


「これあげるから、あんたはちょっと黙ってて」


 パスタを巻きつけたフォークを、九条が井寄の口に突っ込む。さすがの井寄も、食べ物が口に入っている間は喋らないらしい。


「九条瑠璃。茶道部。よろしく」


 制限時間は、井寄がパスタを咀嚼するまでの間。だからなのか、九条は手短に話を済ませた。

 名前以外の唯一の情報、茶道部に所属していることは初耳だった。何せ、四月の自己紹介時点では部活動は未定なのだから。


「新宮君、知ってる? 瑠璃って、いいとこのお嬢様なんだよ。家も大きいし、池で鯉とか泳いでるの」


「え、すごいな」


「別に鯉くらい普通でしょ」


 九条は淡泊な物言いで、指先に髪を絡ませている。

 すると、井寄が俺の耳元で囁きかけてきた。それは、奇しくも登校中に明海に囁かれたのと同じ、左耳だった。


「桃ちゃんの豆知識のコーナー、瑠璃は照れる時にああやって髪を弄る癖があるんだよー……」


「なっ……――うわっ!」


 九条の癖というよりも、不意の井寄からの攻めに狼狽えて、椅子に座ったまま後ろ向きに倒れてしまう。

 かなりの物音を立てて、俺は上半身に衝撃を感じる。神様は、昨日今日で何度背中を強打させるつもりなんだ。


「ちょっと桃! またなんかしたでしょ?」


「あははー……初心な反応が楽しくて、揶揄いすぎちゃった的な?」


「桃は本当に男たらしだね。僕なら、いつでも相手になってあげるのに」


「彼女持ちのモテ男には興味ありませんよーだ」


 周囲は盛り上がりを見せていた。俺の転倒がきっかけ、というのは思い上がりかもしれない。けれど、そう思っただけで、打ちつけた体は痛いはずなのに変な充足感で熱を帯びてくる。


「新宮君、大丈夫?」


 立ち上がった俺を、明海が、堂島が、茂木が、九条が、井寄が見ている。俺は、口角を持ち上げて言った。


「大丈夫だ、気にしないでくれ」


 上手く笑えていたかは分からない。でも、五人の浮かべていた不安げな表情が解れたことだけは確かだった。

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