お買い物金額の20%還元がもたらした悲劇

しょうゆ水

塵は払わないと積もる

紗奈と健太は友人の食事会に来ていた。

話題は海外旅行についてもちきりだ。


「俺たちはさ、タイに行ったよなぁ。また落ち着いてきたら一緒に行きたいね、紗奈」

健太は、暇そうに唐揚げにレモンを絞る紗奈に少し話を振ってみた。どうやら彼女は足が痺れたようで、脚を組み直すとため息をつくかのように「うん」と頷き、レモンの種を皿の端に追いやった。


健太はほろ酔いのせいか、紗奈の不機嫌に気が付いてはいない。お構いなしにこう続けた。「そうそう、その時さちょうど流行りのポポポイ払いで支払ったから旅費の20%が還元されたんだよ!上限はあったけど結構還元されてさ!あれは助かったわ〜」


一瞬紗奈の顔が歪んだ。


その場はお開きとなり2人は自宅に戻った。


「ねぇ。旅費の20%還元て何?」


布団に入る前に紗奈は質問した。健太は、お水を飲んでぼうっとしている。


「あの時の旅費、2人で折半したよね。代表して予約したのが健太だから、支払いも健太名義で、私は旅費の半分きちんと渡したよね。それなら、私にも少しはお金が還元されてもおかしくないよね?海外旅行という大きな金額だよ?どうして黙ってたの?」


「いや、それはさぁ、その、なんていうか。俺の名義で予約したし」


健太は空中に目を泳がせながら小声で答える。


「デートの外食もお互い自分の分は自分で払っているし、全て折半でやってきたのに、2人の合計金額から還元されたお金は健太の物なんだ???酷くない?そんなにお金が欲しいの?どうして彼女の私にそんなみみっちいことができるの?」


紗奈の怒りは止まらない。お金が欲しかったのではなく、大きい還元額を黙って自分のものにする彼氏と付き合っている自分が恥ずかしかった。目には涙さえも溜まっている。


「そうだよ、お金が欲しかった」

健太はぽつりと答えた。


「どうして?私が払った額の還元金まで、黙って自分のものにするの?自分の彼女によくそんなことができるね。お金よりも、私に報告なく健太のものにされていたことが悲しい。健太のこと信じられなくなる」


健太は下唇を噛んだ。


「借金があるんだ」


紗奈は全身の血がサーっと引くのが分かった。


「何で?いくら?」


「50万」


丸4年、正社員として働きボーナスもきちんともらっているのになぜと不審に思う紗奈。何か怪しい雰囲気がするので鎌をかけてさらに問いかけてみた。


「本当に?嘘つかないで全て教えて」


「本当はもっとある」

拳を額に押し付けながら健太は答えた。


「どれいくらい?どこで借金してるの?」

紗奈は全身が夢の中にいるような感覚になっているが、頭だけは酷く冴えていた。


「主に使っているカードが1番大きい額」


「主に使っているカードが1番大きい額…」

思考が追いつかず、オウム返しするしかなかった。


5年間も一緒にいて、結婚の話もしていた彼氏にカードローンがあるだなんて一体誰が予想できただろうか。


「全ての明細をコピーしてここに並べろ」


紗奈はこの目で見た事実しか信じられなくなっていた。


全身を小刻みに振るわせながら健太は、スマホで明細を見せ始めた。


「見づらい。全部コピーして見せろ。こんな小さい画面で分かるわけないだろ」


コピー機から吐き出される数字は悲惨だった。


メインカードに数百万円、ガソリンスタンドに数万円、ショッピングモールのカードに数十万円、サブと思われるカードに数十万円、支払いが滞っていた。


「いつから?なぜこんなに?」


もう深夜1時を回っている。眠い頭では追いつかない。よく分からない。


「リボ払いにして、払えない額がどんどん大きくなっていったんだ」


陶器を擦ったような少し甲高い情けない声が2人の空間を過ぎていく。


これ以上彼を問い詰めると、癇癪を起こして危険な目にあうかもしれないと紗奈は判断した。


「そっか。分かった。明日もお仕事あるし、とりあえずもう寝ようか。また仕事から帰ってきたら一緒に話し合おう」


健太は軽く頷くと、おとなしく布団に入る準備を始めた。


動揺していることを気づかれぬように必死で平然を装い布団に入ると、紗奈は考えた。


瞼は重く、動悸を感じ、手足は冷え切って震えながら目が覚めた。


「おはよう」


紗奈は健太に気をつかった。


「おはよう…」


明らかに寝不足な顔はしているが、いびきをかくくらいには眠れていた健太はどこかにすがすがしさすら感じる。


会話は少ないがいつもの朝に変わりはない。健太はオートミールに牛乳をかけて温めたものを何食わぬ顔で食べている。


いつも身支度を済ませると紗奈より先に家を出る健太。


普段なら紗奈は食器を洗いながら彼を見送るのだが、今日だけは違う。玄関まで彼を追った。


「いってらっしゃい。がんばってね」


ハグまでする紗奈。


健太はただただ、嬉しそうだった。


「いってきます」


健太は会社へと向かった。


紗奈は健太の車が駐車場から消えていることをしっかり確認した。


急いで自分の洋服や生活用品、自分のお金で買った物全てをまとめ始めた。


あまり物を持たない主義の紗奈は、こんな場面でミニマリストな考えが役に立つとは思いもしなかった。


2人で折半で買ったベッドやテーブルなどの家具は処分が大変なのと、未練はないのとで、はなから持ち出すつもりはない。というか使いたくなかった。


自分の物を車に詰め込んだ紗奈はリビングを見渡した。細かい雑貨で部屋はまだごちゃごちゃしている。健太の収集癖のタチの悪さが浮き彫りになった。


わざと綺麗に拭いたテーブルの上に、各カード会社の明細を並べた。


いまだに信じられない。


彼は、5年間も私と一緒にいて何を思っていたのだろうか。結婚をどのように考えていたのだろうか。紗奈は不思議でしかたがない。


まだ日付の新しいサブカードの数十万という明細の横に婚約指輪を箱ごと置いた。


最後まで折半を貫き通そうと、アパート退去費用の半分以上の額をテーブルに叩きつけた。


やることは全てやった。5年もの愛着を払拭することは出来ず涙は止まらないが、紗奈の足取りはとても軽い。玄関の鍵を閉め、鍵をポストに入れた。


まずは両親に話そう。


車内には物が積まれていて、フロントミラーで後方の様子を見ることは出来ない。


涙が流れ続け、ボヤけた視界を頼りに前だけを見て紗奈はアクセルを踏んだ。






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お買い物金額の20%還元がもたらした悲劇 しょうゆ水 @shoyusui

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