第246話 『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』の歯

 アナトミアは、スイギョクと共に、真夜中の川へ飛び込む。


 その瞬間、大きな魚型の魔獣が、口を広げてアナトミア達を呑み込もうとした。


「ラァ!!」


 しかし、スイギョクが吠えて威嚇すると、魚型の魔獣はビクリとその巨体を震わせ、そのまま去っていった。


「おお、やるな」


「ラァラァ」


 スイギョクは自慢げに鼻を鳴らす。


「それにしても、こういうことが出来るって知ってはいたけど、改めて便利だな」


 アナトミアは周囲を見回す。


 真っ暗な川の中、スイギョクの周りの水は弾かれており、アナトミアは普段通り呼吸が出来ていた。


「このまま、沈む事も出来るんだよな?」


「ラァ!」


「じゃあ、一番底まで行ってくれ」


「ラァラ」


 しょうがない、とでもいうように、スイギョクは川を潜っていく。


 途中、魚やイカ型の魔獣などが襲い掛かろうとしてきたが、スイギョクが威嚇するとすぐに逃げていった。


「けど、コイツらは逃げないか」


 あと、少しで川底にたどり着くというところで、ドラゴンの群れに遭遇する。


「ディフィツアン・ドラゴンの亜種か。川で生活しているからか、海にいる奴よりも少し小さいけど……」


 数が多い。


 おそらくは、数十匹はいるだろう。


 彼らは、まるで『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』の歯を守るように、グルグルと周囲を旋回していた。


「ラァ!!!!」


 スイギョクが気合を込めて威嚇をするが、ディフィツアン・ドラゴンたちは動かない。


 リントヴラッヘ川の頂点捕食者としての意地か。

 それとも、彼らにとって『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』の歯は、命をかけて守るべき聖地のような場所なのか。


 それはわからないが、だが、決して引かないという意思だけは伝わってくる。


「どうする、どうする? アナトミア。この数を斬るのは流石にお前でも……」


 黄金の剣 オウガが楽しそうに囃し立てるのを聞きながら、アナトミアは構える。


「……ここがお前達にとってどんな場所か分からないが……邪魔をするなら容赦は出来ない」


「ゴォアアアア!!」


 おそらく、群れの長なのだろう。


 ディフィツアン・ドラゴン達の中で最も大きな個体が、唸りを上げた。


 すると、周囲にいた他のディフィツアン・ドラゴンが、アナトミアたちに襲いかかってくる。


「ふっ!!」


 アナトミアは黄金の剣 オウガを振り回す。


 アナトミアが一閃するたびに、ディフィツアン・ドラゴンが数匹まとめて両断されるが、彼らは止まらない。


 そして、その場にいた全てのディフィツアン・ドラゴンが切断されるまで、それほど長い時間は掛からなかった。


「……悪いな。じっくり解体する余裕はない」


 血を流しながら周囲に浮かぶディフィツアン・ドラゴンの死体に軽く頭を下げて、アナトミアは『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』の歯に改めて向き直った。


「デカいな」


 視界のほぼ全てを、岩壁が埋めているようにしか思えない。


 この巨大な岩が、一匹の龍の歯なのだ。


「アナトミア、気がついているか?気がついているか?」


 黄金の剣 オウガは、まるで生徒を試す教師のようにアナトミアに話しかけてきた。


「なんだ?」


「あれだけのドラゴンを斬ったのに、血が無くなっている」


 黄金の剣 オウガのいうとおり、あれだけのディフィツアン・ドラゴンを斬ったのに、血で川の水が濁っているということがない。


「吸収しているのか?」


「ああ、本当に、まだアレの歯が生きているらしい」


 黄金の剣 オウガの声は、楽しそうというよりも猛っているようだとアナトミアは思った。


「正直、興味深いし、まだまだ観察していたいが……さっさと解体するぞ」


 アナトミアは、黄金の剣 オウガを構える。


「その事だが、アナトミアよ」


「なんだ?」


「お前は、コイツを復活させたいとは思わないのか?」


 黄金の剣 オウガの問いに、アナトミアは目を細める。


「そんな事……」


「『禍雷』の奴なら、見たがるだろうな。あいつは、自分の欲に正直だ」


 黄金の剣 オウガのいう通り、アナトミアの師匠であり、祖父は、『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』が復活するというのなら、見たがるだろう。


「……私は、別にそこまで見たいとは思わない」


「そこまで、とは?」


「……誰かの迷惑……いや、沢山の人が死ぬってわかっているのに、そんな強大なドラゴンを復活させなくてもいい。そう考えているだけだ」


「……相変わらず、お前は優しいな」


 黄金の剣 オウガの声はどこか呆れているようでもあった。


「別に、優しいとかじゃないだろ」


「そうだな。それとも、アレか。あの王族と番(つがい)になるなら、妃としての心構えを持とうという、そんな愁傷な……」


「折るぞ?」


 アナトミアは、黄金の剣 オウガを睨みつける。


「冗談だ。ま、どちらにしても今はアレの歯の解体に集中した方がいいだろう。よく見ろ。傷が一つもない」


 黄金の剣 オウガのいうとおり、『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』の歯には、傷ひとつない。


「あのドラゴンの群れを斬る時、相当数の斬撃を飛ばして、アレの歯に当たったはずだ。なのに傷がつかないということは、普通のお前の斬撃では、アレの歯を解体出来ないということだ」


「そうだな」


「俺を叩き起こした時は、歯に空いた穴から……つまり、外よりも柔らかい場所だから、穴を空ける事が出来たのだろう」


 歯は、主に外側にある硬いエナメル質とその内部の柔らかい象牙質などで出来ている。


 今、黄金の剣 オウガは、アナトミアの斬撃では『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』のエナメル質は斬ることが出来ないのではないかと聞いているのだ。


「解体できるのか?」


 そんな、黄金の剣 オウガの問いに、アナトミアは答える。


「ああ」


「そうか……なら、楽しめよ?」


 アナトミアは、黄金の剣 オウガを構えて、目を閉じた。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る