第247話 水と木の戦い



「嘘、か」


『死の魔法』を扱えるようになったといい、灰色の鎌を手にしたパラディスにオアザは言う。


「えーなんでそんな事をいうの?」


「その鎌は、ただの木だろう?」


 オアザの指摘に、パラディスは笑みを返す。


「強力であることは間違いないが、『死の魔法』などと呼ばれるほど『木の魔法』から外れたモノではない」


「いやいや、オアザが言い始めたことでしょ?『木の魔法』に僕が言った、なんだっけ『枯枝豆かい?』っていう魔法はないって」


「ああ、『枯木死界』という魔法は存在しない。しかし、あれも『木の魔法 四十四首 救援投林』といった木々を生やす魔法を少し改造しただけなのだろう」


「んーそんなこと、わかっているならなんでわざわざ……」


「嘘と指摘すれば、お前は反応するだろう?」


 パラディスは、動きを止める。


「本当に『死の魔法』などという正体不明の魔法を身につけていたのならば、お前は今、嬉々として私に切り掛かってきたはずだ。『死の魔法』が嘘か教えてあげる、などと言って」


「もしかして、カマをかけた?」


「最初に始めたのはお前だろう。最強の『木の魔法』などと言い、私の思考を誘導しただろう?」


 オアザは、剣を構える。


「悪いが、私は私のなすべきことをする。お前の戯言に付き合うつもりは、もうない」


「えー、もうちょっとお話しようよ。せっかくの再会なんだ……し!!」


 パラディスが、灰色の鎌を振りかぶる。


 木製の鎌は軽いのだろう。


 驚異的な速度で、その鎌はオアザに迫る。


(しかし、最も厄介なのは…‥)


 オアザは、パラディスの鎌を剣で受けた。


「うん、正解」


 パラディスは、オアザの対応を褒める。


 オアザの剣は、氷で覆われていた。


「もともと、木だからね。だから、普通に剣で受けていたらそのまま絡め取ろうと思ったんだけど……」


 パラディスは、オアザに凍らされた鎌の柄から、新しく小さな鎌を作り出す。


 その鎌を床に突き刺すと、鎌から無数の蔦が伸びていった。


「凍らされると、さすがに動かせない。お見事」


 パラディスは鎌を消す。


「昔から、水の温度調節は上手いよね。そればかりは、今の僕でも……おっと」


 パラディスは、顔面に向けて飛んできた氷の玉を避ける。


「本当に、慌てん坊だなぁ」


「戯言に付き合うつもりはないと言っただろ!」


 オアザは、氷の玉を次々と作り出し、パラディスに向けて放っていく。


「よっほっはっ!」


 その氷の玉を、パラディスは巧みに避けていた。


「おっとっと。ねぇ、メェンジン。そろそろ手伝って欲しいんだけど」


「申し訳ないですが、今は動けません」


「えーなんで?」


「クリーガルがいるので」


 メェンジンにクリーガルは剣先を向けていた。


「ムゥタンから、メェンジンを動かすなと言われているからな」


「さすがに、この距離でクリーガルをどうにかするのは難しいです。なので、自分でどうにかしてください」


「えー、しょうがないなぁ。まぁこのまま避けていれば、いつかは……ん?」


 氷の玉をよけていたパラディスの前に、逃げ場を塞ぐように水の壁が現れる。


 その水の壁は、パラディスの体を飲み込んだ。


「んー……それは不正解だよ、オアザ」


 いや、飲み込まれたのは、水の壁の方だった。


 パラディスは、一滴の水分も体に残さずに、悠々と立っている。


「東の方の国の考え方だけど、水は木を育てる。いくら僕が巧みに氷の玉を避けているからって、水の壁を出すのはダメだよ」


「やはり、水は吸収するのか……」


 水生木、相生という、五行思想の考えだ。


 水は木を生かすため『木の魔法』を操るパラディスは、オアザの『水の魔法』を吸収することが出来た。


「想定したとおりだな。お前は、王様の魔法も消していた。木剋土。こちらは相剋の関係か」


「そのとおり。俺は『木の魔法』を使って、相手の魔法を吸収することができる。特に、水と土は大好物でね。オアザと父上。2人の魔法は俺にとって極上の餌だ」


 パラディスは、口元に手を当て、喉を鳴らす。


「まぁ、さっきみたいに氷の玉とか使われると、簡単に吸収できないんだけど……なんで水の壁なんて……っ!?」


 自慢げに、ご機嫌に話していたパラディスの動きが止まる。


 そこで、ようやくパラディスは自分に起きている異変に気がつく。


 パラディスの体が、凍りついていっているのだ。


「これまでの言動。お前の『木の魔法』から考えると、私の『水の魔法』が通用しないことはわかっていたからな」


「こ……れは」


 パラディスの口から漏れ出る息は、白い。


「過冷却、というのは知っているだろう? 水の状態のまま、氷の温度よりも低い状態でいる現象だ。今、お前が吸収した水は、過冷却の水だ」


 オアザの言う現象の事は、パラディスも知っている。


 冬の朝、瓶に入れていた水を振り回すと、急激に凍りついていくのを面白がったことがあるからだ。


 オアザと、ふたりで遊んだ思い出だ。


「今、お前が吸収したの水の量は、人間で10人分ほどの量の水だ。『木の魔法』をどのように応用して、魔法を吸収しているのかわからないが、それでもお前を体の底から凍らせるのに、充分な量だろう」


 ちなみに、オアザが氷の玉で攻撃していたのは、周囲の温度を下げて、水の壁の温度に気づかせないようにするためである。


「そのまま凍っていろ。何もせずに大人しくしていれば……」


「ふ……ふぅうう」


 凍りついたパラディスが、息を吐く。


 長く、長く、白い息が漏れていく。


 同時に、ピキピキと氷の割れる音が響いた。


「さすが……だよ、オアザ。ここまでされるとは思わなかった」


 パラディスの口が、徐々に滑らかに動いていく。


 同時に、パラディスの体が膨れ始めた。


 肉が、骨が、形を変えていく。


「……ドラゴンの解体師もいないから、この姿になっても問題ないよね?」


 パラディスの大きく開いた口には鋭利な牙が生え、背中には翼、手には爪。

 身体中が鱗に覆われているその姿は、オアザにとって見慣れているモノだった。


「ドラゴン?」


 オアザの質問が正解だと言うように、パラディスは大きな声で唸り声を上げた。

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