第239話 決着
「……お前が忠誠を語るとはな」
「えー、お兄さんは、いつでも忠臣だよ? 知らなかった?」
「俺を縛り上げているのにか?」
まだ、ラーヴァはヴルカンの蛇に拘束されている。
「んふふ……まぁ、お兄さんの忠誠は、今はパラディス殿下のモノだからね」
「今か。なら、昔はどこに忠誠を誓っていた?」
ラーヴァの指摘に、ヴルカンの笑顔が固まる。
「どこ、ね。そうだね、強いて言えば……世界になるのかな?」
「……なに?」
「どこって聞かれたら、そう答えるしかないね。いや、昔の話だよ。お兄さんがおじさんだったときの、ちょっと恥ずかしい思い出さ」
そうやってまた笑うと、ヴルカンは杖をラーヴァに向けた。
「さて、今のお兄さんの忠誠はパラディス殿下のモノだけど……ラーヴァ王子のことは嫌いじゃない。だから提案なんだけど……降参しない?」
「……なるほどな」
ラーヴァが、笑う。
「……なるほど?」
「いや、なんでもない。それより、そのような提案を俺が飲むと思うのか?」
「飲んでくれると嬉しいんだけど……」
「答えはもちろん、否だ」
ラーヴァの右手に、炎が灯った。
「お前の言葉は毒と同義。誰が好んで毒を飲むと思う?」
「今回は、純粋にラーヴァ王子の身を案じての事だったんだけど……」
「それに、飲むなら俺はアナトミアが煎れたお茶を飲みたい」
ラーヴァの炎に焼かれて、蛇が落ちていく。
しかし、それはラーヴァの右腕に巻き付いていた蛇だけである。
その、自由になった右腕をなんとか動かして、ラーヴァは『聖財 炎芒警策』をヴルカンに向けた。
「……止めた方がいい」
ラーヴァの行動を、ヴルカンは止める。
「見ての通り、お兄さんとラーヴァ王子は、十歩以上離れている。だから、さっきのような暴発で攻撃するのは問題外だ。この距離だと、大した威力にならない。この距離から、その『財』で攻撃するためには『赤壁炎鎖』くらいの大きな火が必要なはずだ。でも、ラーヴァ王子に、そんな魔法を使うだけの力は残っていない」
ヴルカンの声は、とても優しいモノだった。
「ここまで使ってきた魔法。お兄さんの炎に焼かれた怪我、蛇に噛まれた毒……正直、意識を保って立っているだけで賞賛に値する。その状態で、その不完全な『財』で攻撃するのは、自殺行為だよ」
ヴルカンは、大きく手を広げる。
まるで、子供を待つ親のように。
「ここまでだ。ラーヴァ。心配しなくても、降参するならこれ以上ラーヴァも、ヴィントも傷つけない。約束する。だから、その『財』を消して、休みなさい」
聞き分けのない生徒を諭すようなヴルカンの言葉に、ラーヴァは笑顔で答えた。
「断る」
ラーヴァの手から、炎が消えた。
「まったく、しょうがないねぇ」
ヴルカンも、ラーヴァを説得するのは無理だと悟ったのか、杖を握り直した。
「こうなったら……ん?」
軽く、胸を押されたような衝撃を受けて、ヴルカンの動きが止まる。
「おや……?」
ヴルカンが下を見ると、左胸に小指の先ほどの穴が空いていた。
口から、血と共にヴルカンは質問する。
「これは、どうやって……ああ、そうか」
その質問の答えは、すぐにヴルカン自身で見つけ出した。
「威力を最低限に、範囲も最小に。そうすることで、手のひらで灯す程度の炎でも、光線を放つことができるのか。でも、忘れてないよね?」
ヴルカンは、落胆を隠せないように、顔を一度下げる。
「お兄さんは、腕を切り落とされても、胸に腕が通るくらいの大きな穴が空いても、すぐに治してしまうんだよ? それを、こんな小さな穴を空けるために、残りの力を全部使って……もう、動けないよね?」
ヴルカンの言葉を証明するようにラーヴァの手が下がると同時に、『聖財 炎芒警策』が消えていった。
「なんで、こんな意味の無いことをしたのか……でも、その気概は認めるよ」
ヴルカンは、杖をラーヴァに向ける。
「……声を発する元気が残っていたら、今際の言葉くらいは聞いてあげるけど、どうする?」
「……そうか。それなら……」
ラーヴァは、掠れた、小さな声で、しかしはっきりと言った。
「お前の言葉を聞こう、ヴルカン」
「……何を……ん?」
急に、ヴルカンの視界が下がった。
視界がぶれて、揺れる。
視界が下がった原因は、単純にヴルカンが立っていられなくなったからだ。
「なにが……? 地震? いや、それはない。この国は……」
すぐに思い浮かんだ原因を、自らあり得ないと断じたヴルカンは、とりあえず足に力を入れた。
力が入らない。
何が起きたのか、ヴルカンは混乱しながらも杖を手に起き上がろうとした。
しかし、それも出来なかった。
杖が、床に当たらなかったからだ。
「こ……れは……」
そして、よく見ると、床は血まみれになっている。
その血は、ヴルカン自身のモノだった。
「な……んで……」
そこで、ようやく、ヴルカンは気がついた。
ヴルカンの胸の傷が塞がっていないことを。
胸の傷からの血は止まることは無くあふれている。
瞬時に治るはずの傷が、まだ治っていない。
その原因は、ヴルカンの杖だった。
ヴルカンの杖が、いつの間にかバラバラに斬られている。
大切な杖が斬られたことに気がつけない。
そのような人智を超えた芸当を出来る人物は、一人だけだ。
ヴルカンの後方で、扉が開く。
振り返ると出口へ続くその扉を、少女達が通っていくのが見えた。
その中に、大きな斧を持った少女がいる。
「……ドラゴンの解体師」
走っていくアナトミアの姿を確認すると、ヴルカンはそのまま血だまりに倒れた。
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