第238話 忠誠
兵士達がヴルカンの杖をどうするか質問した瞬間、怒声のような声が二つ響いた。
「杖を持って早くここから離れよ!!」
「逃げろ!!」
声を発したのは、ラーヴァと、風の魔法を使い、他の人達に出口の場所を教えていたヴィントだった。
二人の王子から命令された兵士達は、一度三人で視線を合わせると、その場から動くことなく立ち止まる。
「その杖をヴルカンに渡すな!」
「何をしている、走れ!」
ラーヴァとヴィントがさらに兵士達に指示を出すが、彼らは一切動かない。
その事から、彼らの意図に気がついたラーヴァは、すぐに動く。
「こ……の! 馬鹿者が!!」
ヴルカンに向けて走りながら、『聖財 炎芒警策』を持っている右手に、炎を灯す。
そして、そのままヴルカンに向けて『聖財 炎芒警策』を放とうとした。
「遅いよ」
ヴルカンの言葉と同時に、ラーヴァの体に蛇が巻き付いていく。
「ぐっ!?」
「その蛇は、元はお兄さんの血液だからね。さっきの爆発で吹き飛んでも、血が残っていればもう一度呼び出すのは簡単だよん」
よく見れば、ラーヴァの体にはヴルカンの血痕が残っていた。
ヴルカンの蛇に噛まれた時に、同時に付着したのだろう。
「くっ……そ!!」
「……ヴィント王子は動かない、か。いや、動けないのかな? 風の魔法で広範囲に指示を出しているだろうから、それもしょうがないか」
ヴルカン達から遠く離れた場所にいるヴィントは、額に汗を流しながらヴルカンを睨み付けていた。
ヴルカンの言うとおり、動く余裕はないのだろう。
座っているのに、呼吸が荒い。
「さて、二人の王子からの邪魔は入らないみたいだけど……君たちは、お兄さんの言うことは聞いてくれるのかな?」
ヴルカンに呼ばれて、三人の兵士達は顔を輝かせる。
「もちろんでございます!我々は、ヴルカン様に憧れて、兵士になったのですから!」
「そうかそうか。じゃあ、その杖をお兄さんのところに持ってきてくれるかな?」
「はい!」
ヴルカンに命じられて、三人の兵士達は嬉々としながらヴルカンの元へ杖を運んでいく。
「……待て、お前達……」
蛇に締め付けられ、ラーヴァは苦しそうにしながらも兵士達を止めようと声を発する。
しかし、その力ない声は兵士達には届かない。
兵士達は、ヴルカンの元へたどり着くと、膝をつき、丁寧に杖をヴルカンに献上した。
「ご苦労様」
兵士達から、ヴルカンは杖を受け取る。
すると、爆発によって吹き飛んでいた右腕や、全身に出来ていた火傷などの傷は、瞬く間に治っていく。
ラーヴァがその身を犠牲にしてまで負わせたヴルカンの傷は、完治してしまった。
「お、おお……流石はヴルカン様」
「あのような重傷まで、治してしまうとは……」
「このような奇跡を見ることが出来て、感動しております」
三人の兵士達は、口々にヴルカンを讃える言葉を発していく。
「うん。バッチリだ。君たちのおかけで、お兄さんはラーヴァ王子達を問題なく排除出来るだろう」
「いえ、そのような事は……」
「我々は、たまたまその杖を拾っただけでして……」
「ヴルカン殿に褒めていただけるとは……」
「だから、気持ち悪い」
恐縮しながらも、手柄を立てたのだと喜んでいる兵士達に、ヴルカンはそう告げた。
「え……?」
同時に、三人の兵士達に、蛇が巻き付く。
「な、これは……」
「へ、蛇が!? なんで」
「ヴルカン様! 蛇が急に!!」
驚き、慌てる兵士達を見ながら、ヴルカンは大きく息を吐いた。
「君たちはどうしようもないね。お兄さんに取り入って、少しでも得を……例えば、パラディス殿下の元で良い地位を貰ったり、なんてことを考えていたんだろうけど。君たちのような人間……いや、ゴミを、お兄さんが評価するわけないじゃないか」
「ゴ……なぜですか? 私たちは、ヴルカン様の杖を……!」
「なぜって、わからないかなぁ? お兄さん、恩知らずは嫌いなんだよ」
ヴルカンの返事に、三人の兵士は目を見開く。
「お、恩知らず……とは?」
「君たち、ラーヴァ王子とヴィント王子に助けられてここまで来たんでしょう?」
「そ、それは、しかし、ラーヴァ王子やヴィント王子は、我々に死ねとおっしゃっていて……」
「そうです! あのドラゴンの石像と戦うように、と」
「そのようなことを言われて、我々は……」
「何を言っているの? そんなの当たり前じゃ無いか。君たちは、ドラフィール王国の兵士なんだろう?しかも、自ら志願した兵だ。あの場にいた兵士は徴兵された民のように、そこまで位の低い者達はいないからね。だって、あのときオアザ様の屋敷を包囲していたということは、王族に危害を加えようとしていたんだから。そんな大事な場面に、徴兵した兵のように、何も知らない兵なんて使えない」
「それがどうしたのですか?」
兵士達の返答にヴルカンは、天を仰ぐように嘆いて見せる。
「いいかい? 王族に反逆した兵士なんて、極刑が当たり前だ。その罪を軽くするなら、例えば、命をかけて王族の身を守った、なんて実績が必要なんだよ。その実績を作るための機会をラーヴァ王子達が与えてくれていたのに、彼らを裏切って……」
ヴルカンは、吐き出すように、言葉を続ける。
「これで君たちが他国の御竜番……草、スパイとかなら、まだ理解ができたんだけどね。他国の草についてはお兄さんは全部把握しているし、君たちはそうじゃない」
「そ、それがどうしたのですか!? 我々は、ヴルカン様のために行動をしたのに……」
ヴルカンは、その兵士の言葉を遮るように、彼の胸に杖を突きつける。
そこには、王家の紋章が刻まれていた。
「君たちは志願するときに誓ったはずだ。ドラフィール王国への、王家への忠誠を。なのに、それを反故にしたんだよ?……君たちを守りたいという、ラーヴァ王子達の誠意を無視して……気持ち悪いと思わない?」
「そ……それは、ヴルカン殿も同じなのでは!?」
反論した兵士に、ヴルカンは笑みを浮かべる。
「違うんだよなぁ、お兄さんは。お兄さんは今はパラディス殿下に忠誠を誓っているし、そもそも、与えられた命令を、忠誠を、違えたことはないんだよん」
「な……ぐがぁ!?」
驚き、困惑している三人の兵士達の首に、蛇が噛みつく。
その蛇は、体を炎に変えて、兵士達を燃やし始めた。
「ひ……ぁあああ!? 蛇が!? 火が!?」
「助けて!! 嫌だ!! 目が!! 赤い!! 暗い!! 寒い! 熱い!! 痛い! 痛い!!」
「や、やめてください!! ヴルカン様!! 我々もパラディス殿下に忠誠を誓いますから!!」
もがき、苦しむ兵士達に、ヴルカンは言う。
「忠誠を無礼(なめる)な。雑兵が」
そのまま、三人の兵士達は焼けた灰さえも残さずに消失した。
完全に毒で溶け、燃えてしまったことを確認したあと、ヴルカンは振り返る。
「お待たせ、ラーヴァ王子。じゃあ、続きをしようか」
そのヴルカンの表情は満面の笑みなのだが、これまで以上に感情を読み取る事ができなかった。
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