第234話 余計な蛇
「アナトミア様の護衛をしているって言ったら、ヤシオリ様から与えられたんだ」
「『アナトミアを守るには、弱すぎる』って言われて……」
オルルとルーカは、にぎにぎとドラゴンのような爪の生えた手を動かしてみせる。
「そんなこと、いつ言われたんですか?」
「アナトミア様とオアザ様が結納したとき」
「いつだ、それ?」
当たり前のように言ったルーカに、アナトミアはつい冷たい目を向けてしまう。
おそらく、イェルタルに協力を頼んだ時の事を言っているのだろうが、アナトミアとしてはオアザと結納した認識はない。
(……いや、確かに、なんか嬉しそうな顔で私以外の人は話し合っていたけど、そんなことは一言ことも聞いていないし、言っていない……はず)
「まぁ、そんなことはどうでもいいから、とりあえずここは私たちに任せて、先に行ってくれ」
「どうでも良くないのですが……」
「必ず倒して、アナトミア様の結婚式に参列するんだ、私……」
「なんか前向きのはずなのに、嫌な予感しか産まない言葉はやめてくれませんか!? いろんな意味で!」
「さて、アナトミアさん! 時間も無いのでさっさっと行きますよぅ!」
「ちょっ!? ムゥタンさん!?」
ズルズルと引きずられるようにして、アナトミアはムゥタンに連れて行かれる。
「頑張れよー」
「いってらっしゃーい」
オルルとルーカに手を振られながら、アナトミア達は出口へ続く通路を歩いていくのだった。
「いや、そんな冗談みたいなやりとりで、通すわけないから」
そのまま、リュグナの横を通り過ぎ、外へ出ようとしたムゥタンとアナトミアに、強化されたドラゴンの石像が襲いかかる。
硬質なモノ同士がぶつかり合う音が響き、強化されたドラゴンの石像の動きが止まった。
「悪いけど、この程度なら冗談で終わるぞ?」
アナトミア達とドラゴンの石像の間に、オルルとルーカが入り込んでいる。
二人の拳を受けて、ドラゴンの石像にヒビが入り、バラバラに砕けていった。
「…………やったか?」
「やっているよ」
ルーカの言葉に軽く笑みを浮かべて、オルルは砕けたドラゴンの石像を蹴飛ばす。
その二人の背後では、アナトミア、ムゥタン、クリーガル、メェンジンが出口に向けて進んでいた。
もう、アナトミア達を止めるモノはいない。
「……雑兵のくせに生意気」
「その雑兵にこれからボコボコにされるんだよ、お偉いさん」
襲いかかってくるドラゴンの石像を相手に、オルルとルーカは不敵な笑みを浮かべるのだった。
「……なんか、本当に大丈夫そうですね」
リュグナが呼び出すドラゴンの石像を、次々と破壊しているオルル達を後ろに見ながら、アナトミアは感心したように言う。
「ヤシオリ様に下賜されたお力ですからねぇ。あれくらいしてもらわないと困りますぅ」
「それなんですけど、どういうことですか?ヤリオリ様がオルルさん達に力を与えたって」
「ルーカが言っていたじゃないですか。アナトミアさんの護衛にしては弱すぎるってヤシオリ様がおっしゃったんですよぅ。それで、蛇の力を竜に変えるとおっしゃってですねぇ」
「……蛇の力?」
「ああ、そういえば、アナトミアさんに詳しい事は言っていなかったですねぇ。彼女たち、ボンゴレオルーカが襲ってきたとき、なんか変な力を使っていたじゃないですかぁ。腕から蛇を生やしたり……」
ムゥタンの説明で、アナトミアも思い出す。
「ああ、ボンツがドラゴンのなりそこないみたいな感じになっていましたね。あれ、蛇だったんですか」
「え、蛇だったの!?」
アナトミアとムゥタンの会話に、人一倍驚いている反応をした人物は、なぜかメェンジンだった。
「……なんでメェンジンさんが驚いているんですか?」
「彼女達が使っていた手袋は、メェンジンが渡したものですよねぇ?」
「いや、私もヴルカンから渡されたモノだから、詳しいことは……ドラゴンみたいな鱗と爪が生えているから、ドラゴンに変身させる怪しい道具としか思っていなくて……」
もう、火傷もなくなっている顔に笑顔を浮かべて、照れくさそうにメェンジンはしている。
「……オルルとルーカは、大蛇を腕から生やしていたぞ?」
「そんな雑兵の戦い、真剣に見ているわけないじゃないですか。私が直接確認したのはアナトミア様の活躍だけですから」
メェンジンの当時の状況を考慮すると、確認していたのはボンツに渡した手袋と、その効果だろうが、彼女の頭の中ではボンツのことなど完全に消えているのだろう。
その証拠に、メェンジンの目に、一切の偽りはない。
「『蛇竜紋』って名前だったんで、ドラゴンの力だと思っていたんですけどね。ドラゴンの爪を加工した道具で強化されていたし……」
「いや、蛇って入っているじゃないか」
「あの手袋は、おっさんとリュグナが作った道具ですから、蛇って入るのは当然かなって。あのおっさん、何にでも蛇って付けるから、よくわからないんですよ」
メェンジンが、大きく息を吐く。
「今回の計画も、『蛇蠱毒』とか命名していて、蛇なのか蟲なのかって話で……いや、虫歯みたいな状況でしょうから、蟲は分かるんですけどね。そもそも、『蠱毒』に蛇も含まれているのに、なんでわざわざ……」
メェンジンのグチを聞いて、アナトミアとムゥタンは視線を合わせる。
「……やっぱり、ですか」
「下らないことを考えますねぇ」
二人が息を吐くと同時に、メェンジンは口元に手を置く。
「おっと、失敗。でも、その様子だと完全に気がついていたのでしょう? アナトミア様?」
「なぁ、話が見えないのだが」
一人だけ置いて行かれている気がしたクリーガルが、困った顔をして3人に聞く。
「……この場所で行われていることについて、ですよぅ」
「私も、オアザ様の屋敷にある書物で知った内容ですが……」
アナトミアは、一度目を伏せる。
「『蠱毒』東の国の方では有名な呪術だそうです。その内容は、毒を持った生き物たちを壺に閉じ込めて、最後に生き残った生き物から強力な毒を生成すること」
「それがどうしたんだ?」
まだ、理解していないような顔でクリーガルが言う。
「今、おそらくはこの洞窟……いや、歯の中に、反逆者を含め、千人以上の人間がいますぅ。その人間を殺して、生成する何か……それがパラディスの目的ですかぁ? メェンジン」
「……ほら、出口ですよ」
大きな扉の前に到着したメェンジンは、ムゥタンの質問には答えなかった。
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