第235話 ラーヴァの懸念

 炎が上がる。


 熱が広がり、空気が燃える。


(……アナトミアは、行ったか)


 炎の中心でその炎を発しているラーヴァは、自分の臣下のフリをしていた少女、リュグナの横を通り過ぎ、出口へと向かうアナトミア達の後ろ姿を見ていた。


(これで、とりあえずはいい。戦況は……)


 アナトミアたちが出口だと思われる扉の前にたどり着いたのを見届けると、ラーヴァは周囲の状況を確認する。


(チャフとフライアは、クリークスが圧倒している)


 国宝・五真具足『花竜颶風』を身につけているクリークスは、ドラフィール王国で最強の剣士の一人だ。


 御竜番であるチャフやフライアは、普通の兵や騎士より強い。


 だが、基本的に御竜番は隠密行動を主とした者達である。


(奇襲や暗殺であれば話は別だが、正々堂々と戦って、御竜番がクリークスに勝つことはない。『渦雷』と互角で、かつては百匹を超えるドラゴンの群れを退治したというからな)


 ラーヴァは視線を移し、ドラゴンの石像と戦っている少女達を見る。


(アナトミアの護衛の二人も、見事だ。リュグナが呼び出すドラゴンの石像を何の苦も無く蹴散らしている。さすがはアナトミア。その部下もまた、確かな実力があるようだ)


 次々にドラゴンの石像を破壊していくオルルとルーカに、アナトミアの素晴らしさを感じ取り、ラーヴァは笑みを浮かべた。


 (リュグナの本質は研究者だ。何かしら切り札は持っているだろうが、おそらくは逃亡用だ。このまま戦いが続いても、アナトミアの護衛二人の優勢は変わらないだろう)


 際限なくリュグナはドラゴンの石像を呼び出しているが、そのたびにオルルとルーカはドラゴンの石像を破壊する。


 同時に出せる数も、速さも、これが限界なのだろう。


 ドラゴンの呼び出す配置などの工夫はしているようだが、戦況を覆すような効果はなさそうである。


(しかし……マズイな)


 それぞれ、こちら側が圧倒している戦況を見て、ラーヴァは諦めたように小さく吐いた。


(そして、情けない。今、この状況。最大の懸念は、俺か)


 ラーヴァが発した強烈な炎の中、涼しげで、つまらなそうな顔を浮かべている男性がいる。


 ヴルカンだ。


 その体どころか、服さえ燃えておらず汚れてもいない。


 完全に健全で、何の異常も無いヴルカンが、ラーヴァの発した強烈な炎の中で頭をかく。


「うーん……どうしようかな」


 少しだけ困った顔をしながら、ヴルカンはラーヴァに告げた。


「もう少し、出来る子だと思っていたんだけど……」


 ヴルカンがラーヴァに向ける目にははっきりとした優しさが含まれており……それが、二人の実力の差を表していた。


「チャフ達や、リュグナたんもお兄さんを待っているようだしね。気づいているでしょ? あの子達、相手が手強いと判断して逃げに徹している」


 クリークスも、オルル達も、それぞれが相手を圧倒できている。


 それは、確かに、クリークスやオルル達が十分な強者であるからなのだが、もう一つ、反撃が少ないからという点もあった。


 クリークスの強力な風も、オルル達の打撃も、リュグナやチャフ、フライア達は、無理な反撃はせず、ただ回避に専念している。


「元々、時間稼ぎが目的だしね。ついでに、面倒な事はお兄さんに任せようって魂胆らしい。いやいや、優秀な仲間を持って、お兄さん嬉しいよ」


 嬉しいと言いながら、ヴルカンは肩を落としていた。


「ヴルカン、そっちを終わらせたらこっちを手伝ってください。『颶風』と戦いたいんでしょ?」


「いや、こっちをお願いします。もともとヴルカンの呪具を実験していた奴らじゃないですか。さっさと王子を倒してこっち来てください」


「遠慮が無いねぇ! 本当に!!」


 フライアとリュグナの要請に、ヴルカンは憤ってみせた。


「ったく、やろうと思えばどうにか出来るだろうに……で、どうする? ラーヴァ王子の炎はこの通り、お兄さんに一切通用しないんだけど」


 ヴルカンは炎に手を突っ込んで、まるで顔を洗うように炎を練り込んでみせる。


「ヴィント王子と協力でもするかい?」


 ヴルカンは、一人だけ遠くに離れた場所にいるヴィントに目を向けた。


「まぁ、それは酷な話か。今も、ヴィント王子は風の魔法を使って連絡をしている。この歯に捕らわれた数千人に対して」


 ヴィントの周囲では、小さな風が起こっており、その額には小さな汗も見える。


「クリークス達を呼び出したのも、ヴィント王子だね。『俺』だなんて、普段は使わない人称を合図にしていたし、本当に働き者だ」


 ヴルカンの言葉を聞いて、ラーヴァは心底嫌になった。


(軽薄で、一切信用できない男だが、しかし、コイツは俺たちのことをしっかりと見ている)


「出口への道を示し、呼びかけ続けている。大変な労力だよ」


 生じた心の痛みを誤魔化すように、ラーヴァは拳を握る。


「今更だ。……お前は、お前達は、父上を……王を裏切った!」


「そうだよ? だから、どうするの?」


 ラーヴァは、手のひらをヴルカンに向けた。


「『火の魔法 百ノ一首 聖財顕現 炎芒警策』」


 ラーヴァの手に一振りの棒が現れると、周囲が暗くなる。


「……ん?」


 そして、いつの間にか、ヴルカンの左肩が消失した。


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