第232話 決裂と足止め

「……いまのうちに外に出ませんか?」


 言い争いをしているヴルカン達の後ろにある通路を見ながら、アナトミアはムゥタンに提案する。


「隙があればそうするんですけどねぇ……」


「ですよねぇ」


 一見、馬鹿な争いをしているようなヴルカン達だが、その視線、動きに隙は無い。


「……やっぱり、オアザ様はいないのですね」


 ムゥタンはラーヴァとヴィントに一度視線を動かしてから、軽く息を吐く。


「王様と一緒にパラディス王子の所にいるみたいですけど、パラディス王子の嘘に騙されていなければいいのですが……」


「嘘、ですかぁ?」


「はい……先ほどヴルカンが説明するとか言ってましたけど、多分本当の話なんて一つも聞けていないですよ」


 アナトミアの意見に、ムゥタンは眉を上げる。


「……ほら! アナトミア様はパラディス殿下のことを、これほど理解されているのですよ!! アナトミア様以上に、パラディス殿下の妃にふさわしい方はいないでしょう?」


「お兄さんとしては、そこが怖いんだけどねぇ」


 一方、アナトミア達の会話を聞いていたのだろうメェンジンが、目をキラキラとさせてヴルカン達にアナトミアの魅力を語っていた。


「どうやら、アナトミアの言っていることは正しいようだな」


 ラーヴァが、アナトミアの隣にやってくる。


 その距離が近くて、アナトミアは一歩分、ムゥタンに向けて移動した。


「……つれないな」


「アナトミアさんに何のようですかぁ?ラーヴァ兄上?」


 さらに、ラーヴァとアナトミアの間にムゥタンが潜り込む。


「……兄上か」


「はい。私も、王族に加わったのはご存じでしょう?」


 ムゥタンの笑みを見て、ラーヴァは一歩下がる。


「そうだな。アナトミアは、ムゥタンと行動を共にしたいか?」


「え? はい。もちろん」


 ラーヴァの質問の意図がわからなかったが、アナトミアは正直に答えた。


「そうか。なら俺がアイツらの足止めをするから、アナトミアは先に外に出て、父上、叔父上と合流しろ」


 そう言って、ラーヴァは杖を構えながら、アナトミア達の前に立った。


 そのラーヴァの発言を聞いて、さすがにヴルカン達も言い争いをやめる。


「……兄上! なんのつもりで……」


「ヴィントも戦え。この通路の先に王と王太子がいるのだ。ならば、王族である我々が邪魔者を排除するべきだろう」


「ならば、こやつらに戦わせて、その間に我々が……」


「ドラゴンの解体師と、そのドラゴンの解体師の信を得ている王族の保護が最優先だ。当然だろう?」


 ラーヴァの答えに、ヴィントは不服そうに頬を膨らませたあと、諦めたように杖を握った。


「……足止めだけです。俺はヴルカンや御竜番に勝てるとは思えないので」


 ヴィントの風が、何かを伝えるようにラーヴァの髪を撫でた。


「……そうか」


「んー……足止めも無理じゃない?」


 ヴルカンがラーヴァとヴィントに笑みを向ける。


「ラーヴァ王子もヴィント王子もそれなりに強いけどさ。お兄さん達4人を相手にするにはちょっと……」


「4人か……」


 ラーヴァは、視線をヴルカンと言い争いをしていたメェンジンに移す。


「メェンジン。お前がアナトミアを守れ」


 ラーヴァからの突然の命令に、メェンジンは不服そうに答える。


「……何を言っているんですか? ラーヴァ王子。まさか、わかっていないわけではないですよね? 私は、パラディス殿下の下で働いています。アナトミア様を守りますが、ラーヴァ王子に命令されるつもりは……」


「分かっている。その火傷も、上っ面だけということもな」


 ラーヴァからの指摘に、メェンジンは自分の顔にある火傷に触れる。


「……気がついていましたか」


 そのまま、メェンジンは顔から火傷の部分を引き剥がす。


 その下には、傷跡一つ無いメェンジンの綺麗な顔があった。


「ああ、リュグナがそこに潜っていることもな」


 ラーヴァが指を指したのは、ヴルカン達の後方、おそらくは出口の前と思われる通路だ。


 その通路の床から、一人の少女がぬるりと出てくる。


「……ちっ」


 現れたのは史上最年少で総務省魔法騎士局研究部の部長になった少女、リュグナである。


 舌打ちをしながら、リュグナも顔の左半分に広がっていた火傷の痕を引き剥がした。


「ふむ……意外とやるね、ラーヴァ王子。潜伏していたリュグナだけじゃなくて、彼女達の火傷の偽装にも気がついていただなんて」


 ヴルカンは、感心したように目を細める。


「上っ面だけの忠誠心で俺の信用を得られるわけがないだろう?」


「では、なぜ彼女たちを竜臣に?」


「別に、顔に火傷の化粧をしてまで俺に近づく痴れ者がどう動くか気になっただけだ」


 ラーヴァの杖から、炎が吹き上がる。

 

 離れていても汗が蒸発しそうな熱気が、ラーヴァの炎の火力を表していた。


「燃える価値もないが……そのような者達は燃やすしかあるまい。俺は5人がかりでも問題は無いが……メェンジン。確認だが、お前はヴルカンの部下なのか?」


「……いいえ」


「ならば、疾くアナトミアを連れて行くがいい。アナトミアを退場させるなどの世迷い言は、ヴルカンの独断であろう?」


 確認するようなメェンジンとラーヴァの視線を受けて、ヴルカンは軽く手を上げる。


「そうだねぇ。確かに、お兄さんが勝手に決めたことだ。でも信じて、お兄さんのすることは、全部パラディス殿下のためだから」


「お前はヴルカンを信じるのか? メェンジン?」


 ラーヴァとヴルカン、両方を見て、メェンジンは決める。


「癪ですが、そちらの提案に乗りましょう。あのおっさんを信用するなんて絶対に嫌ですし」


「ええーそんな、ヒドいよ、メェンたん」


 ヴルカンは泣きそうな顔を見せていた。


「メェンジン、本気ですか?」


 リュグナがメェンジンを睨み付ける。


「ええ、私は、パラディス殿下の『生活』において、ヴルカンよりも強い権限が与えられていますから。リュグナの『研究』のように」


 メェンジンは、チャフとフライアにも目を向ける。


「というわけで、アナトミア様はパラディス殿下の元まで連れて行きます。いいですね?」


「ああ、いい……」


「ダメだ」


 フライアが許可を出そうするが、チャフは小刀をメェンジンに向けた。


「メェンジンがパラディス殿下の『生活』を整える権限を与えられているように、俺たちは『安全』について権限を与えられている。ドラゴンの解体師も、ムゥタンも、殿下の前に出すわけにはいかない」


「だからって、メェンジンと戦うの? チャフ? それはそれで面倒じゃない?」


「忘れたのか? ドラゴンの解体師は俺たちの警戒を易々と突破したのだ。俺は、ドラゴンの解体師を退場させるというヴルカンの意見に賛成だ」


「あー……なるほど、それもそうか」


 チャフの意見を聞いて、フライアも短槍を構える。


「……アナトミアさん」


 小声で話しかけながら、ムゥタンがアナトミアの袖を掴む。


「走りますよぅ。まっすぐに、逆らわずに」


 アナトミアは、自分たちの周囲にあるモノに気がついた。


「信用するのですか?」


「利用するのですよぅ」


 二人のやりとりを聞いていたラーヴァが、炎をさらに大きくする。


「ああ、行け『火の魔法 三十三首 赤壁炎鎖』」


 ラーヴァの炎が、壁となってヴルカン達に襲いかかる。


 同時に、アナトミアとムゥタンの姿が消えた。


「……メェンたんの無色透明の『虹霓玄関』か」


 一瞬の間に、出口へ続く通路の前にアナトミア、ムゥタン、そしてメェンジンは移動した。


 その横に、なぜかヴルカンも現れている。


「……んなっ!?」


「本当に悪いけど……退場してもらうね?」


 驚愕しているアナトミア達に向けてヴルカンが杖を向けた。


 炎の蛇が、口を開ける。


「『颶風の剣 黒蠅風』」


 しかし、その炎の蛇は瞬く間に消し飛んでしまう。


「お……うおおお!?」


 黒い強烈な風が、炎の蛇を、その術者であるヴルカンごと飲み込み、飛ばしたからだ。


「すまない、遅くなった」


「アナトミア様!! 大丈夫か!?」


「大丈夫じゃないと困るー」


 クリーガルとオルル、ルーカの声が聞こえるが、その声にすぐにアナトミアは答えることが出来なかった。


「……え、何コレ?」


 なぜなら、アナトミア達の前に現れたのは、巨大な甲冑のような、金属の人間だったからだ。

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