第231話 ムゥタンとメェンジン

 少し前。


 アナトミア達と同様に、メェンジンに飛ばされたムゥタンは、戦っていた。


「いや、何で私の場所を!? というか、ムゥタンは川にでも置いていく予定だったのに……!」


 飛ばした張本人、メェンジンと。


「そりゃあ、対策くらいはしますよぅ。能力も分かっているんですからぁ」


 ムゥタンの言葉に、メェンジンは自分の体を確認する。


 そして、足首に透明な紙が巻いてあることを見つけた。


「いつのまにっ……!」


「出てきた時には巻いてましたぁ。あのおっさんが敵なら、その部下のメェンジンに対策をするのは当然でしょう?」


「私は別に、あの臭いおじさんの部下じゃないんだけどっ!」


 透明の紙を引きちぎりながら、メェンジンはムゥタンに蹴りをくり出す。


 しかし、その蹴りは簡単にムゥタンに避けられた。


「くそ……見えづらい!! 何、それ」


「ファルベ・ドラゴンの竜皮紙で作った外套ですぅ。周囲の背景に同化する程度の視覚効果ですがぁ……分かっていても、戦いづらいでしょう?」


 外套の中から突然現れたムゥタンの拳を、メェンジンは慌てて避けた。


「ちっ!」


「それにしても……部下じゃないなら、どういう関係ですかぁ?もしかして、そういう……」


「その冗談は笑えない。気持ち悪い」


「……申し訳ございません」


 真顔で動きを止めたメェンジンに、ムゥタンは素直に謝る。


 本当に、嫌だったようだ。


「……では、色々教えていただけますかぁ?どうやら生きていたパラディス王子が、貴方の本当の主のようですがぁ……」


「……ま、いいでしょう。ムゥタンの言うとおり、私はパラディス殿下の下で働いています」


(……答えますかぁ)


 メェンジンは構えを解いて、戦闘ではなく、ムゥタンとの会話に応じた。


(ということは、目的は時間稼ぎですかぁ。まぁ、私に対しては、ということでしょうがぁ……)


 ムゥタンたちの周囲は、見たことも無い岩石のような素材で覆われている。


(洞窟……いえ、この微かに感じる違和感は、西の方にあるという迷宮(ダンジョン)でしょうか。詳細はわかりませんが、このような場所にわざわざ飛ばしたのです。おそらく、私を含め、あの場にいた全員……兵士を含めると、一千人近い人間を、このような場所に誘い込んだ。だとすると、狙いは……生け贄?)


 どこかで、誰かが殺されている気配を、ムゥタンは感じ取っていた。


(迷宮(ダンジョン)は、生き物の命を糧に成長するという話を聞いたことがあります。今死んでいるのはオアザ様の館を囲んでいた兵士や、戦う術を持たない従者などでしょうが……殺しているのは、何か。ここが迷宮(ダンジョン)だとすると、魔物?いや……)


 壁から、何かが生えてきた。


(……ドラゴン!? 石像の!?)


 石像のようなドラゴンは、大きく口を開けて、襲ってきた。


「おわっ!? あぶなっ!?」


「……なんでメェンジンが襲われているんですかぁ?」


 その対象は……なぜか、メェンジンだった。


「そりゃ、別にコレは私たちが用意したモノじゃないからね」


(……コレ? モノ……ここは、場所じゃない? それに用意したモノではないとすると、元から存在していたモノ……)


「ここの正体は、何ですかぁ? 位置は、おそらくは王都のリントヴラッヘ川のようですがぁ……」


「教えるから、ちょっと手伝ってくれないかな!? もう一体出てきたんだけど!」


 2体目のドラゴンの石像が、メェンジンに牙を剥いていた。


(私が襲われていないのは……ファルベ・ドラゴンの竜皮紙の効果で、見えにくいから? それとも、竜皮紙を身に纏っていること。それが原因か……)


「それで、ここはドラゴンの何ですか?」


「歯だよ。ここは、大きなドラゴンの歯!!」


 メェンジンはあっさりと答えた。


 その答えに、内心は驚愕しつつも、ムゥタンは顔には出さない。


(……歯!? 私たちがいる場所でも、貴族の館が入りそうな場所が……歯!? ならば、この歯の持ち主は、どれほどの……)


 ありえない。


 その意見は当然のようにムゥタンの内心に湧いてくるが、その自己の意見をムゥタンは否定する。


 メェンジンの答えに、一切の嘘を感じないからだ。


(……詳細はわからないですが、しかし、そうなるとパラディス王子の目的は……)


 予想はできる。


 しかし、確信はない。


 ムゥタンが予想したおそらくはそうであろうことは、様々な情報、状況から考えると矛盾しているように思えたからだ。


「ムゥタン!」


 メェンジンの張り上げた声で、ムゥタンは思考から、意識を戻す。


 2体のドラゴンの石像の攻撃をメェンジンは巧みに避けていた。


「……1体は請け負いましょう」


「もう1体は!?」


「それはどうにかできるでしょう?」


「ケチっ!!」


 ムゥタンは、メェンジンの体から虹色の霧が出ていることに気がついていた。


「ふっ!」


 細い紙が、ドラゴンの石像に巻き付く。


「石像……いや、その正体が歯であるなら、これは効くでしょう?」


 細い紙から煙が上がり、徐々にドラゴンの石像を蝕んでいく。


「バダン・ドラゴンの胃から作られた紙ですぅ。染みこんだ胃液は、他のドラゴンの骨さえ解かしますぅ」


 ぐっとムゥタンが紙を引くと、ドラゴンの石像はバラバラになって砕けた。


「こっちは終わりましたがぁ……」


「あー……びっくりした」


 メェンジンの前で、ドラゴンの石像が引きちぎられていた。


 そのドラゴンの石像の両腕には、それぞれ濃厚な虹色の霧が絡まっている。


「やはり……その霧は、濃度によって移動させる力が上がるのですね?」


「んー……誤魔化しても意味は無いか。そうだよ。私の『虹霓玄関』の霧は、その色の濃さによって、強さが変わる。抵抗を無くすのが一番の特性だから無色透明の霧だと、自分自身か移動に協力的な人だけしか動かせない。逆に、絡みつくように濃厚な虹色の霧だと、鋼鉄さえ引きちぎるほどの力を出せる」


 どろどろと、指の隙間から虹色の霧をメェンジンは流していく。


「地面の下に虹の霧を蔓延させていたのは、時間がかかるからですか?」


「そう。一人二人ならそんなに時間はかからないけど、集まった兵士全員を移動させるってなると、準備が必要でね。大変だったんだから。穴を掘るのはリュグナに任せたけど……」


「それで、アナトミアさんはどこに移動させたんですか? てっきり、メェンジンが確保すると思っていたのですが……」


「そうなんだけどさぁあああ!!」


 ムゥタンからの質問に、メェンジンは泣きそうな顔を見せた。


「え、っと……」


「聞いてよ! せっかく、アナトミア様を迎えようとしていたのに、アナトミア様、私の霧を斬っちゃって!! どうしよう!? アナトミア様が怪我でもしたら……!」


「あー……あー……」


 メェンジンの反応から、何となくムゥタンは事情を察する。


(予想通り、メェンジンがアナトミアさんを確保する予定ではあったのですかぁ……けど、アナトミアさんはメェンジンの霧を斬ることができますぅ。それで、飛ばされる途中で抜け出した、と。では、あの状況はメェンジンが狙ったわけではなさそうですねぇ)


 ムゥタンは、手元の紙を見る。


 アナトミアの弟で、優秀な加工屋でもあるナフィンダがファルベ・ドラゴンなどを素材にして作ったその特製の紙には、あまり好ましくない現状が表示されていた。


「では、確認ですがメェンジン自身は、アナトミアさんを殺すつもりはないんですかぁ?」


「当たり前じゃない!! アナトミア様はパラディス殿下と結ばれて、私の主になる御方だよ!!」


「……そうなるかは置いておきますがぁ……では、この状況はどうしますかぁ?」


 ムゥタンが見せた紙には、アナトミアの周囲を取り囲み、武器を構えている男……ヴルカン達の姿が映されていた。








「……というわけでぇ、メェンジンにアナトミアさんのところまで移動させてもらったのですがぁ」


「このおっさん!! アナトミア様に何をするつもりだぁあああああ!!」


 アナトミアの元に駆け寄ったムゥタンの後ろで、メェンジンが荒ぶっている。


「え、あぁー……その、落ち着いてよ、メェンたん。それは、言葉のあやというか……」


「その加齢臭が染みこんだ皮を剥がして、炭と一緒に燃やして消臭してやろうか、ああぁん!?」


「怖いってメェンたん!!」


「なんでメェンジンが一番忠誠心が高いんだ?」


「よっぽど気に入っているんだろう」


 メェンジンの怒りの形相に、ヴルカン達が困惑していた。

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