第230話 ヴルカンの誘い
「……臭いな。腐った油の匂い。これが加齢臭か」
「かれっ!? あ、な、は、はは……そんな匂いがするかな? いや、そんな匂いはお兄さん感じないけどなぁ……うん、大丈夫」
すんすんと慌てたようにヴルカンは自分の体の匂いを確認する。
「嗅覚が衰えているようだな」
「もう、そんな年齢なのですか」
「とりあえず、換気しておく。臭くて臭くて」
ヴィントが風の魔法でヴルカンに対して風を送る。
「ヒドすぎないかな!? しかも、ちょっとこの優しい風が、よりお兄さんの心を傷つけているよ!?」
ヴルカンは、涙目になりながら持っている杖をブンブンと振り回していた。
「さて、ヴィントのおかげでだいぶ楽になったが……一応聞いておくか。なんのために出てきた?」
「え? それはもちろん、お迎えにきました。ラーヴァ殿下、ヴィント殿下」
ヴルカンは、丁寧に礼をしてみせる。
「……殿下? お前が、俺に? なんの冗談だ? お前の殿下は、パラディス1人だろう?」
ラーヴァは、呆れたように目を細める。
「気がついていないと思っていたのか? お前が俺やヴィントには王子としか呼ばないことに、あの男には、殿下とつけていることに」
「それは少々誤解があるようだね。パラディス殿下は、もちろんお兄さんにとって一番の殿下だけど、2人を敬っていないわけではないよ?」
「……どういうことだ?」
「単に、これまではパラディス殿下のお願いを優先していたから、ちょっと2人を裏切ることになっていたからね。その罪悪感から2人を殿下と呼んでいなかっただけ。でも、これからはちゃんとラーヴァ殿下とヴィント殿下を敬うことができる……パラディス殿下に協力していただけるなら、だけど」
ヴルカンの表情は、真摯さを含んだ笑みであり、嘘をついているようには思えなかった。
もっとも、ヴルカンは真実にさえ毒を混ぜるのだが。
「協力?何をだ?」
「それは、パラディス殿下から直接お聞きになっていただきたい……今から、上でオアザ様とエアデル王にも説明するからさ」
(やっぱり、オアザ様とパラディスは一緒にいたか。王様も……というのは、意外ではないか。十分、考えられる話だ)
ヴルカンの話から、アナトミアが現状を考えていると、急にラーヴァが視線を向けてきた。
「ふむ……アナトミアはどう思う?」
(なんで私に話を振るんだよ)
ヴルカンとラーヴァが会話をはじめたた時点で、誰よりも後ろに下がっていたアナトミアは、少し悩んでから意見を言う。
「……個人的に、パラディス王子の目的は応援したいですね」
「……ほう?」
「しかし、国の事を考えるなら、反対するべきでしょう」
「……どういうことだ?」
「ふ……ふふふ。おかしいね、アナトミアたんには、パラディス殿下の目的は教えていないはずだけど?」
「……あ」
(しまった。つい、予想していたことを言ってしまった)
しかし、アナトミアの予想は、当たっているようだ。
「どうやら、推測したみたいだね。まぁ、ドラゴンの解体師であるアナトミアたんなら、それも可能か。ここが歯ってことも分かっていたみたいだし」
ヴルカンは、笑いながら、まるで上質な酒を呑んで酔っ払ったかのように告げる。
「やっぱり、退場してもらおうか。さすがに、厄介すぎる」
炎が上がる。
その着火点は、ヴルカンの顔だった。
「アナトミアに手を出すつもりか、下衆が」
「下衆だなんて……それなら、ラーヴァ王子は誰の子供だい?」
当然のように、ヴルカンの顔に火傷はなく、気絶もしていない。
「交渉決裂。出てきて、2人とも」
ヴルカンの隣に、人が現れる。
チャフとフライア。
御竜番の2人である。
「2人は、アナトミアたんを確保して。お兄さんは、ラーヴァ王子を止めるから」
「メェンジンが怒りませんか? 彼女、ずいぶんとドラゴンの解体師を気に入っていたようですが……」
フライアの質問に、ヴルカンは少しだけ困ったように笑う。
「しょうがないね。現時点だと、どう考えても、アナトミアたんは邪魔になるし……メェンたんの手が離せない間に、さっさと退場してもらおう」
「御意」
チャフは、端的に応える。
「それ、あとで私達が怒られるやつですよね。あとで私の分も怒られてくれませんか、チャフ?」
フライアのお願いにチャフは応えない。
「そこは、『御意』じゃないんですか?」
「お前の願いに御意する必要が無い」
「ケチだなぁ……」
「だから、2人とも無駄口を叩いていないで、さっさとアナトミアたんを確保してよ。ラーヴァ王子の相手は、さすがにお兄さんがしないといけないからさ」
「御意」
「はーい」
チャフとフライアは、それぞれの武器を構えた。
チャフは小刀、フライアは短い槍だ。
その姿に隙は無く、一流の戦闘能力を示している。
「……アナトミアは下がれ。ヴィント、応戦するぞ!」
チャフとフライアが身をかがめる。
その時だった。
小さな紙がヴルカン達に降り注ぐと同時に、爆発する。
「アナトミアさんに何をしようとしているんですかぁ?」
現れたのは、ムゥタンだった。
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