第229話 王子達と歩く
「歯、だと?」
「はい。確証はありませんが、ここは何らかの生き物の歯の可能性があります」
岩のように堅い物質で出来た洞窟のような場所を、アナトミア達は歩いていた。
「何を言っているんだ、お前は? ここが生き物の歯? どれだけ広い場所だと思っている」
アナトミアを馬鹿にしたような目で見ているのは、第三王子のヴィントだ。
先ほどまで第二王子のラーヴァに気絶させられていたが、意識を取り戻し、アナトミア達と行動を共にしている。
今は、ヴィントと一緒に気絶させられていた兵士達と共に、洞窟の出口と思われる場所に向けて進んでいた。
戦力は少ないが、ラーヴァが行こうと言い出したのだ。
そのとき、何やら言っていたが、アナトミアはなるべく聞かないようにしていた。
内容の十割が、聞かなくてもいい内容だったからである。
そうやって、進んでいる間に、この洞窟はどのような場所なのかという話題になり、アナトミアは自分の予想を口にしたのだ。
「風で探れた範囲だけでも、王宮並みの広さだ。そんな広さの洞窟が、生き物の歯なわけがあるか」
「やめよ、ヴィント」
アナトミアに掴みかかってきそうなヴィントを止めたのは、第二王子のラーヴァである。
「兄上……しかし、王族に対して、このような戯れ言を発することを見逃すことは……」
「お前は賢いが、その頭の固さをどうにかしろ。そもそも、王都にこのような広さの洞窟があると、我々でさえ知らなかったのだ。その洞窟が、生き物の歯ではないと、なぜ断言できる?」
「そんなこと、なぜも何も、常識で考えれば……」
「常識が通用すると思うのか? 相手はあのヴルカンと、2年間も死んだふりをし、王様の命を狙った王族だぞ?」
ラーヴァの指摘に、ヴィントは悔しそうに顔をゆがめる。
「……パラディス兄上は、なぜあのようなことを……」
「さあな。俺が知っている兄上は民を導く王として理想であり目標であったが……思えば、嘘のような人でもあった」
ラーヴァは、アナトミアに目を向ける。
「『嘘つき』あの男を表現するのに、これ以上の言葉はないだろう」
ラーヴァの視線を受け流しながら、アナトミアはオアザに言った事を思い出す。
(……本当の意味は伝わったかな? 変に警戒されるわけにもいかないから、ちょっとわかりにくいけど……)
今、オアザがどこにいるのか分からないが、おそらくはパラディスと一緒にいるのではないかとアナトミアは予想している。
(……嬉しそうだったからな、オアザ様と話すのが。あれはおそらく本当だろう。性格の悪い真実だが……)
人を騙すのは楽しい。
特に、友人や親など、親しい人であればあるほど。
それが、パラディスの思考だとアナトミアは考える。
(つまり、ガキっぽいって話だ……ああ、だとすると、パラディスの狙いは……)
アナトミアは足を止める。
「上!」
アナトミアの声に反応したのは、ラーヴァとヴィント、2人の王子。
「へ?」
ヴィントといっしょに気絶させられており、今はアナトミア達の前を歩いていた三人の兵士は、悠長に振り向いていた。
頭の上では、ドラゴンの石像が口を開けているのに。
「なに……が?」
斬撃が飛び、ドラゴンの石像が切り裂かれた。
三人の兵士がそのことに気がつく前に、ドラゴンの石像の残骸が、地面に落ちていく。
「うわっ!?」
「お、おおお!?」
「ひぃ!?」
落ちたドラゴンの石像の残骸を見て、ようやく自分たちに迫っていた危険に気がついたのか、飛び上がるようにして兵士達がドラゴンの石像の残骸から離れる。
「……ふぅ」
そんな兵士達の様子を見ながら、アナトミアは息を吐く。
ドラゴンの石像を切り裂いたのは、当然、アナトミアである。
「天上から急に……いや、作り出されたように現れましたね。まるで異物を排除するためのように……」
「確か、東の国では、虫歯は歯に小さな虫が住み着いたからだ、という話があるそうだ。ここが本当に何かの歯だというのなら、ふむ、我々は小さな虫けらか」
「兄上、そのようなことは言わないでください」
からからと笑うラーヴァと、そんな兄を窘めるヴィントに、アナトミアは進言する。
「……お話中、失礼いたします。やはり、私が前に行きます。あの人達に先頭を任せるのは危険です」
「危険とは、誰の事だ?」
ラーヴァが、目を細めた。
「それは、この人達のことですが……」
「コイツらは、兵士だ。露払いをするのは当然のことであり、誉れにするべきことである。アナトミアの優しさは知っているし、それを愛らしいとは思うが、今は無用な気遣いだ」
ラーヴァはヴィントと同じようなことを言っている。
(……2人の話は間違ってはいないんだろうけど……)
「それに、アナトミアの場所は俺の隣で、俺の隣はアナトミアの場所だ。それを肝に銘じよ」
(……いや、間違っているか?)
ラーヴァはアナトミアに一歩近づくと、ぴったりと肩をつけてきた。
アナトミアは、ゆっくりと上体を横に移動させるが、肩を掴まれて動けなくなる。
「分かったな?」
「……えっと、その、そういえば、先ほどの話ですが……」
「俺は、分かったのかと聞いているのだが?」
ラーヴァの顔がアナトミアに近づく。
「それ以上私の可愛いアナトミアに近づくなら、ちょん切るわよ?」
すると、アナトミアの背中から声が聞こえてきた。
伐木の斧コクモクだ。
アナトミアは慌てながら伐木の斧コクモクに目を向ける。
「お前、黙っていろって言っただろ?」
「いいじゃない。どうせもうバレているんだし、生意気な王族には、少しはガツンと言ってやらないと」
「言語を発し、意思疎通が出来る武器か……」
ラーヴァは、少しの間思案するように黙った後、伐木の斧コクモクに頭を下げる。
「挨拶が遅れて申し訳ない。ドラフィール王国のラーヴァ・ドラフィールだ」
「……兄上、なぜそのようなモノに頭を? 珍しいですが、王族が……」
「ヴィント、お前はこの方が何か分からないのか? 人間以外が、人間に分かるように言葉を発して意思疎通ができるように配慮しているのだぞ?」
ラーヴァの指摘に、ヴィントが何かに気がついたように目を見開く。
「あら、こっちの王族は聡いのね」
「恐れ入ります」
「それで、その聡い王族さんは、気がついているのかしら?」
伐木の斧 コクモクの指摘に、ラーヴァは通路の先に目を向ける。
「無論……あの男の胡散臭さは、どこに居ても匂うからな」
「んふふふ……ヒドいことを言うねぇ、お兄さんは、ラーヴァ王子の一番の臣下なのに」
通路の先から、壮年の男性が現れる。
「やあやあ、ラーヴァ王子。どうかな? 虫けらになった気分は?」
ラーヴァの竜臣ヴルカンは、一切悪びれることもなく、笑顔を浮かべていた。
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