第228話 オアザ達が立つ場所

「え、ど、どうしたのオアザ?もしかして、この薬が毒だって疑っている? そんな、そんなことないよ。これは正真正銘、四肢を生やす薬だって!」


 パラディスは薬を弾き飛ばしたオアザの行動に驚愕している。


「なんでこんなことを!? まさか、僕が嘘をついているって疑っているの!? それなら、調べてよ。オアザは汗から相手が嘘をついているか分かるんだよね!? 僕を見て、しっかりと。僕が嘘をついていないって、分かるよね?」


 パラディスの目は真剣で、そして友に疑われた悲しみに満ちていた。


 涙も、若干の汗も、パラディスの感情を的確に表している。


「確かに、お前の額に浮かんでいる汗も、その涙も、お前が嘘をついていないと証明している」


「だったら……!」


「だが、お前は嘘をついている」


 オアザは、断言した。


「なんで……」


「辻褄が合わないからな。敵対したように見せるだけなら、王様の腕を犠牲にする必要は無いし……そもそも、お前は王様を殺すつもりだっただろ?」


 オアザの反論に、パラディスは口を閉ざす。


「それに、重要な事を隠している。お前は何の上にこの建物を作った? 船に偽装までして隠していることは何だ?」


「ふ……うふふ……」


 パラディスが笑う。


 これまでの、誠意溢れるような声では無く、不気味な声で、静かに、途切れながら。


「見事だね、オアザ。流石は俺の親友。完全にだませたと思ったのになぁ」


 パラディスは、仰々しく、手を広げる。


「そうだ! そのとおり! 俺は、この腐った国の事などどうでも良い! 母を汚し、傷つけ、縛り付けた奴隷の国に、なんの愛着があるだろうか!」


 パラディスの体が、震えていた。


「俺の目的が分かるだろ? それは、父上。貴方だ」


 震える手で、パラディスは実の父親を、エアデルを指さす。


「王を殺し、ドラフィール王国を崩壊させる。それが、それだけが、俺の望みだ!!」


 吠え、猛るパラディスにオアザは言う。


「今度は出鱈目か?」


「あ、バレた?」


 怒りに満ちていたパラディスの顔が、一瞬で笑顔に変わる。


「誰かの言葉を借りたような話だったが……誤魔化せるかと思ったのか?」


「いけると思ったんだけどなぁ……だって、今回も、嘘をついている反応じゃなかったでしょう?」


 パラディスが言っているのは、オアザの魔法の事だ。


 オアザは水の魔法を応用することで、人の汗などの体液から嘘をついているか判断することが出来る。


「そうだな。お前の汗は、嘘をついている色ではなかった。しかし、この嘘を見分ける力は、お前と一緒に作り上げたモノだ。だから、誤魔化せるんだろう?」


「……うふふふふ」


 オアザの視界では、パラディスの色が変わっていく。


 嘘をついている時の体液の色から、本当の事を言っている体液の色、焦っている時の体液の色、喜んでいる時の体液の色……ぐるぐると、気持ちが悪くなるほどにめまぐるしい。


「それがお前か、パラディス」


「どれが僕なんだい?オアザ?」


 オアザの視界から、パラディスの色が消える。


「……っ!?」


 つまり、パラディスの体表から、汗などの体液が消えた。


「私の何が真実で、俺のどこを信じる?余は、いったい何だ?」


 パラディスの問いに、オアザが答えようとしたとき、エアデルが立ち上がる。


「ん? どうしたの父上? 今、友達と話しているから、ちょっと待って……」


 エアデルは、拳を握ると、そのままパラディスを殴りつけた。


「おっと。怖い怖い」


 しかし、その拳は、パラディスの隣に生えた樹木によって防がれている。


 樹木は、先ほどオアザが弾き飛ばした薬から伸びていた。


「お前は……! お前は…………!!どこまでも、人を馬鹿にして……!!」


「馬鹿だなんて、そんなこと少しも考えていないですよ。だから、落ち着いて、エアデル王。君たちは、人質なんだからさ」


「……人質ではないと、先ほど言っていたが?」


「あ、覚えていた? よかった。そこまで馬鹿じゃないんだ」


「……っあぁああああああああああああああああ!」


 もう一度、エアデルは殴りつけようとするが、樹木が邪魔をする。


 鈍い打撃音の後、エアデルはその場に力なく座り込んだ。


 エアデルの右手は、すりむけて血が出ている。


 そんなエアデルを見て微笑んだあと、パラディスはぽんと手を叩く。


「さて、我らが偉大なる王様が大人しくなったところで、君たちは人質なんだけど……あ、違う違う。君たちには人質がいるんだけど」


「……人質?」


「そう。ドラゴンの解体師。それと、王子やその護衛、兵士とか。彼女たちは今、この下にいる」


 パラディスが床を指したと同時に、オアザの表情が固まる。


「さっき、オアザが聞いてきたよね?『お前は何の上にこの建物を作った? 船に偽装までして隠していることは何だ?』って。さて、この下は何か、オアザは何だと思っているの?」


(……落ち着け……何もわかっていない。今はまだ、話す時だろう)


 オアザは、長く、細く、ゆっくりと息を吐いたあと、パラディスの問いに答える。


「歯だ」


 オアザの答えに、エアデルは怪訝な顔をしているが、パラディスは嬉しそうだ。


「恐ろしいほど大きな歯の上に、我々はいる」


 そして、そうであるならば、アナトミア達は今、その歯の中にいることになる。


「正解。じゃあ、僕も本当の目的を話そうか」


 パラディスはそう言って、無邪気に笑うのだった。

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