第221話 第三王子 ヴィントの護衛
「見事な腕前だ。ドラゴンの解体師は斧も使えるのか」
「……ドラゴンの解体に使いますから」
アナトミアは、ヴィントに気づかれないように親指で二回、伐木の斧コクモクの柄を叩く。
それは口を開くなという合図だ。
「あの距離から、切断するとはな。あのような芸当が出来るなら、僕が斬られても気がつかないな」
「……そのような事はしません」
アナトミアの回答に、ヴィントは呆れたように目を細める。
「馬鹿か。今のはその斧を置けという意味だ。いつまで王族の前で武器を持っている?」
「……失礼いたしました」
ヴィントは王族だ。
アナトミアと立場が違う。
ドラゴンの石像が襲ってくるような場所で武器を手放すのは良くないが、ヴィントの命令を拒否することもできない。
アナトミアは、平民なのだ。
伐木の斧コクモクを地面に置き、膝をつく。
位が高い者に対する姿勢を見て、ヴィントは満足そうにしていた。
「……いいだろう。王様からはドラゴンの解体師を害するなとも言われているからな。特別に、一度だけ、無礼は見逃してやる」
「ありがとうございます」
「……では、武器を持ち、立て。僕の護衛をさせてやろう」
命じられるまま、アナトミアは伐木の斧コクモクを手に、ヴィントの前を歩く。
「このまま、まっすぐ進めば開けた場所がある。まずはそこに行くぞ」
「……道が分かるのですか?」
「平民が王族に質問か?」
アナトミアは慌てて口を閉ざす。
(……しまった。妙な癖がついているな。変にお偉いさんと関係を持ちすぎた)
平民が王子に許可も得ずに直答するなど、その場で首を切り落とされても不思議ではないのだ。
それに、ヴィントはアナトミアと親しくしているわけでもない。
むしろ、敵対しているような関係だ。
(気をつけろ……私は平民だ)
アナトミアは、唇に力を込める。
「まぁ、いい。知っていると知らないとでは、護衛としての立ち振る舞いも変わるだろう。僕は風の魔法を使える。風の流れが分かれば、このような場所の地形を把握するのも難しくはない」
「……………………そうですか」
黙っているのが正解か、相づちを打つのが正解か。
長考し、アナトミアは小さな声で相づちを打つことにした。
そんなアナトミアの事が気に入らないのか、ヴィントは目を細めた。
「つまらない女だな。なぜこのような女を兄上や叔父上が好むのか……理解できない」
アナトミアは相づちも返さない。
どう答えても、無礼になるからだ。
「それなりの服を着れば、それなりの見目ではある。立ち振る舞いは美しいかもしれないが……それだけだ。大切なモノが欠落している。それが何か分かるか、平民? それは、身分だ。平民が王族と結ばれるなど……おこがましいとは思わないか?」
「おっしゃる通りですね」
ヴィントの言葉に、アナトミアはつい賛同する。
「……ほう?」
「……失礼しました」
アナトミアは会話を打ち切ろうとするが、ヴィントはなぜか興味深そうにしている。
「いや、続けろ。お前は、自分のことをどう思っている?」
「……私は平民なので、王族の方と同じ場所にいることさえ、恐れ多いと思っております」
これは、アナトミアの本心だ。
「しかし、お前はずっと叔父上の側にいたではないか」
「……私は、ドラゴンの解体師なので」
「……保護対象か。平民も……」
そうつぶやくと、ヴィントは、なぜか一瞬だけ寂しそうな顔をした。
「……まぁ、いい。行くぞ」
「かしこまりました」
ヴィントの表情が気になったが、アナトミアはそのまま進むことにする。
しばらく歩くと、ヴィントの言うとおり、広い空間に出た。
貴族の屋敷程度ならすっぽりと入れることが出来るだろう。
その空間には、いくつもの道が続いている。
「……外は、あっちだな。空気が流れている」
その中で、一つの道をヴィントは選ぶ。
「では、あの道を……」
「いや、僕たちが向かうのはこっちだ」
ヴィントは外へと続く道とは逆の道を指さす。
「……あの道は……」
「ほう、その顔。気がついていたか」
アナトミアの表情を見て、ヴィントは笑みを浮かべる。
「血のにおいだ。誰かが殺されている」
アナトミアは少し悩んでから口を開く。
「私は……今はヴィント様の護衛をさせていただいているということでよろしいのですよね?」
「ああ、そうだが?」
「では……危険があると分かる道へ進むのは止めなくてはいけないのですが……」
「ん? また意見か? 平民が? 無礼は一度だけだと先ほど言ったはずだが?」
ヴィントは手をアナトミアに向けるが、すぐに下ろす。
「冗談だ。僕も、護衛からの進言を無視するほど愚かではない。お前自身の身のことだけを考えるなら、別にこの先の道を危険とは思っていないのだろうからな」
血のにおいがする道を見ながら、ヴィントは目を細めた。
「このまま、お前を連れて外に出たとしても、意味がない。僕は、ただの王子だ。無事に逃げ出すにしても、王様か、叔父上、ラーヴァ兄上と合流するか、その安否を確認しなくてはいけない」
一歩、ヴィントは血のにおいに向けて足を進める。
「それに……出口には人の気配がない。いや、探れなかった。どう考えても罠だろう。二人では、戦力が足りない」
「しかし、血のにおいがするということは……」
「ああ、お前はそこまでしか分からないか。案ずるな。この先の道で死んでいるのは兵が数名だろう。あのとき、我々も含め、大勢が移動させられたからな……ん?」
ヴィントが、眉間に皺を寄せる。
「有象無象だと思ったが……」
ヴィントの表情の理由が、アナトミアにもすぐにわかった。
「ひぃいいいいいい!?」
兵士たちが、こちらに向けて逃げてくる。
後ろに、ドラゴンの石像を連れて。
「あ、助けてくれぇええ!」
「ドラゴンの石像が……」
「ば、馬鹿、あの御方は……」
兵の一人がヴィントに気がつき、滑るように膝をつく。
他の者もその様子から、目の前にいるのが王子であることをようやく理解した。
「ヴィ、ヴィント王子! 後ろからドラゴンの石像がやってきております!」
「我らの剣では刃が立たず、すでに大勢が殺されて……」
「おそらくは、魔法でなくては太刀打ちできないかと……ヴィント王子!!」
「ヴィント王子!!その風の魔法で、どうか!!」
「ヴィント王子!!我らをお助けください!!」
必死に懇願する兵士達に、ヴィントは告げる。
「馬鹿が……お前達はそこで死んでいろ」
その目は、アナトミアに向けていた目よりもさらに冷たく、怒りに満ちていた。
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