第222話 無礼の代償

「そこで、死んでいろ……とは?」


「兵は、王を守るために存在している。ならば、お前達がするべきことは僕に助けを求めることではない。王子である僕を守るために戦うべきだろう?それとも、お前達の中に僕よりも王に近い立場の者がいるのか?」


「いや、しかし、我々ではあのドラゴンの石像を倒すことは……」


「誰が倒せと言った? 戦え、そして、死ね。それが兵の立場だ。馬鹿が」


「そ、そんな」


 絶望の表情を浮かべる兵士達の後ろから、ドラゴンの石像のようなモノがやってくる。


 鋭い牙からは血が垂れていた。


 彼らの仲間の血だろう。


「ひぃいい……」


 怯え、腰が引けている兵士達は、どう見てもこれからドラゴンの石像に蹂躙されるとしか思えなかった。


(……ヴィント王子は正しい)


 兵士が王族に助けを求めるなど、あり得ないことである。


 アナトミアの護衛をしていたオルルとルーカでさえ、アナトミアに助けを求めることなどないのだ。


 例え、どんなに力が弱くても、王のために、王族のために命を捨てる覚悟で戦う。


 それが兵士であり、王に仕える臣下の基本的な心構えだ。


 それなのに、王族の驚異となるだろう相手から逃げ出し、王子に助けを求める彼らは、兵士として失格であり、打ち首にされても文句もいえない失態をしている。


 だから、このまま、彼らがドラゴンの石像に蹂躙されるのは、当然といえる。


(けどなぁ……)


「ひ……あ……た、たしけ……」


「いやだ、いやだ……死にたくない!」


「助けてくれ!! お願いだから!!」


 前門のドラゴンの石像。後方の王子。


 どちらからも強烈な殺気を浴びせられて、兵士達は泣き叫ぶ。


 そんな彼らを見ながら、ドラゴンの石像は、その堅い腕を振り上げる。


 それが振り下ろされれば、彼らはその命を簡単に落とすだろう。


「……おいっ!」


 制止の声が聞こえたが、もうアナトミアは動いていた。


 伐木の斧コクモクを振り下ろす。


 強烈な斬撃が飛んでいき、ドラゴンの石像の両断した。


「は……あ……」


「倒れた?」


「ドラゴンが……真っ二つに……」


 助かった兵士達が安堵の声を上げる。


「ドラゴンの解体師」


 一方、アナトミアに聞こえてきた声は、冷たいモノだった。


「はい」


 アナトミアは、ヴィントの方を向く。


 ヴィントは、目を細め、ため息と共に言った。


「……なぜ助けた?」


 アナトミアは、返事をしない。


「僕は、あの兵士達に死ぬように命令した。それを助けるということは、僕の意を無視したことになる。その程度のことが分からないほど、馬鹿ではないだろう?」


「……はい」


「それに、これは気がついていたのか分からないが、あの兵士達はラーヴァ兄上の竜臣ブレイコンが連れてきた兵士だ。ブレイコンとヴルカン……いや、おそらく上はパラディス兄上か。どちらにしろ、王様に楯突いた者達の兵だ。助ける必要など、どこにある?」


 ヴィントの話していたことは、アナトミアも気がついていた。


 しかし、アナトミアが動いたのは、そういうことではない。


 ただ、心と体が、斧を握っていただけなのだ。


「……まぁ、どちらにしても、無礼は一度までだ。父上から害するなと命じられていたが、王族の立場を軽んじるような平民の無礼を何度も許すつもりはない」


 ヴィントは、当たり前のように告げる。


「服を脱げ」


 アナトミアは、反射的に自分の腕を握った。


「上等な衣を纏い、王族からの保護を得たことで、己の身分を超えて増長している平民など信用できないからな。人は裸になってこそ、本質を見せる。お前の全てを見せろ、ドラゴンの解体師。それで、僕の信用を得るがいい」


 アナトミアとて、17才の少女だ。

 人前で、それも異性の前で肌を晒すことに抵抗はある。


 しかし、王族の命令を拒むことはできない。


(……しょうがない)


 こうなることは、予想できたことだ。


 葛藤し、ゆっくりと帯に手をかけようとしたときだ。


「何をしているの、アナトミア。あんな王族、たたき切ればいいじゃない」


 伐木の斧コクモクが、声を発していた。


「おい、コクモク……!」


「……なんだ、その斧。言葉を発することが出来るのか?」


「そうよ。ドラフィール王国の王子。頭が高いから、ちょっと跪いてくれないかしら?」


 ヴィントに対して、まったく臆していない伐木の斧コクモクの態度に、アナトミアは慌てる。


「コクモク!何を言っているんだよ!?」


「私の可愛いアナトミアにとんでもない命令をしたのよ、あの王子。これくらい当然じゃない?」


「当然じゃないよ! 相手は王子だぞ!?」


 一方、伐木の斧コクモクを見て、ヴィントの目は冷たいモノから熱を帯びたモノに変わっていた。


「……言葉を発する斧。そんなモノを持っていたとは……見たことが無い。興味深い」


 ヴィントは、笑う。


「……おい。お前ら」


「……は、はい!?」

 

 アナトミアとヴィントのやりとりを黙って聞いていた兵士達は、慌てて姿勢を正す。


「そこのドラゴンの解体師の服を脱がせろ」


「……はぁ?」


「そして、斧を持ってこい。早くしろ。僕は遅いモノが嫌いだ」


 王子からの突然の命令に、兵士達は困惑するが、ゆっくりと立ち上がると、アナトミアに向けて近づいてくる。


「……ちょっと。あんた達、さっきこの子に助けてもらったの忘れたの?」


 伐木の斧コクモクの言葉を聞いて、兵士達は一度立ち止まる。


「そりゃ、そうだけど……」


「俺だって、こんなことは……」


「でも、ヴィント王子がお望みだから……」


 しかし、小さな声で言い訳をすると、すぐにアナトミアに近づいてきた。


「最低。アナトミアも、こんな奴ら見捨てればよかったのに……」


「そうもいかないだろ」


「じゃあ、今からでも斬り殺せば?」


「それも、さすがに……」


「……じゃあ、本当にこのまま大人しくしているつもり?」


 それも、嫌だった。


 兵士達は、最初は困惑しているような顔をしていたが、アナトミアに近づくにつれて、その顔に好色が混じりはじめていた。


 美少女の衣服を脱がせることに興奮しているのだろう。


 ヴィントは服を脱がせるように命じていたが、それだけで終わるか分からない。


(どうにかしようと思えば、抵抗は簡単だ。けど、ヴィント王子が……)


 平民という立場が、アナトミアの動きを止める。


 そして、兵士の一人がアナトミアの腕を掴んだ時だ。


「へ、へへへ……大丈夫、大人しくしていれば……ああ?」


 その兵士の頭を、誰かが掴んでいる。


「お前、誰に触っている?」


「へ、あ……あああああ!?」


 アナトミアの腕を掴んでいた兵士の頭が炎に包まれる。


 突然、自分の頭が炎に包まれるという現象に混乱した兵士は、アナトミアの腕を放し、地面に倒れて暴れ始めた。


「え……っと?」


 誰が助けてくれたのか、アナトミアは視線を動かすと、そこには紅い髪の男が立っている。


「燃えないヤツばっかだな。いいか、この女は、俺のモノだ」


 そう言って、アナトミアの肩を抱いたのは、第二王子のラーヴァだった。

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