第220話 ダンジョンのような場所

「こ……のぉっ!!」


 メェンジンの霧は、抵抗をなくすことで、強制的に高速で対象を移動させる力だ。


 霧が満たされた場所から離れたところでアナトミアは斧を振り、霧をかき消して移動を止める。


「っと。さて、どこだ、ここ?お役所……じゃないよな。作りは似ているけど……」


 西の方の文化と、東の方の文化が混ざっているドラフィール王国では、役所は西の方の建物が参考になっており、石造りだった。


 今、アナトミアがいる場所も、岩石のようなモノで出来ている通路である。


 しかし、薄暗く、どこか不気味な雰囲気のあるこの場所は、真っ当な建物だとは思えなかった。


「……何だっけ、西の方の迷宮……ダンジョン、だっけ。絵物語でしか見たことがないけど、それに似ているな」


 西の方では、ダンジョンと呼ばれる場所の奥地に強力な魔獣が存在しており、中にはドラゴンが巣を作っていることもあるそうだ。


「ドラゴンがいるなら行ってみたいとおもっていたけど、ここには何がいるのか……ん?」


 アナトミアは通路の壁を触り、違和感を覚えた。


「……岩じゃない? というか、これは……」


(……いや、さすがにあり得ない)


 アナトミアは首を振って、頭に浮かんだ自分の想像を鼻で笑う。


「……とりあえず、道具を変えるか。何かあっても、この狭い通路でコレは使いにくい」


 アナトミアが今持っているのは、彼女の背丈を超える大きな斧だ。


 何かあった際に振り回すには、大きすぎる。


 そのため、アナトミアは懐から巾着袋を取り出す。


「まずは、ムゥタンさんたちと合流かな。その前に、オルルさん達か。一応私の護衛なのにムゥタンさんより後に合流すると、あとで……ん?」


 巾着袋をごそごそと動かしていたアナトミアは、その手を止める。


「……あれ?」


 いつもなら、欲しいモノの念じてから巾着袋に手を入れると、そのモノを取り出すことができた。


 しかし、いつまで手を入れても、そこにあるのは布地の底。


 つまり、普通の巾着袋に手をいれている感触だけだ。


「え、なんで? どういうことだ? 嘘だろ?」


「んー……うるさいわねぇ」


 アナトミアが混乱していると、蠱惑的な声が聞こえてきた。


「やっと起きたか、コクモク」


 アナトミアは、壁にかけていた斧に話しかける。


 声の主は、白と朱と金の斧。


 伐木の斧コクモクだった。


「なんでお前達はすぐに起きないんだよ」


「そんなこと言われても、アナトミアだって私に話しかけなかったじゃない?」


「……それもそうだな、悪かったよ」


「まぁ、『消える』ために集中したかったでしょうしね。許してあげる。それより、どうしたの?なんか慌てていたみたいだけど」


 アナトミアは、伐木の斧コクモクに向けて巾着袋を見せる。


「倉庫から道具を取り出せないんだ……というか、倉庫とつながっていない。普通の巾着袋になっているんだよ」


「まぁ、ヒドい。アナトミアったら、利用するだけ利用して、私を追い返そうとしたのね。都合のいい道具みたいに……」


 よよよ、と伐木の斧コクモクが泣き声を出す。


 しかし、声だけなので実際に泣いているかは分からない。


 というか、多分泣いていない。


「実際、道具だろ。じゃなくて、こんな通路じゃお前は使いにくいだろ? だから、別の道具を使おうと思ったんだけど……」


「……ふーん。ヤシオリの力がこもった道具が使えなくなる、か。アナトミア。その巾着袋の効果は覚えている?」


「巾着袋と、倉庫をつなげているだけだろ? 道具の取り出しとかも出来るけど……」


「じゃあ、その範囲がどれくらいか、知っているかしら?」


「え? 普通に、どこまでも使えるんじゃ無いのか?」


 アナトミアの答えに、伐木の斧コクモクは呆れたように息を吐く。


「あのね、アナトミア。ヤシオリの力が強大でも、何事にも限度ってあるのよ。その巾着袋は、ヤシオリがいる島と、アナトミアが仕事をしていた島。それに、そこを繋ぐ海域のみしか使えないようになっているのよ」


「え、そうなのか?じゃあ、ここは王都じゃないのか?」


 言いながら、それはあり得ないとアナトミアは思っていた。


 メェンジンの霧での移動は高速で、音と同じ速度だという。


 しかし、それでも、今アナトミアが移動させられた距離は、王都ゲルドラーフがある中央の島から抜け出すほどではなかった。


「いいえ。ここはアナトミアが仕事をしていた島の地下。通常なら、ヤシオリの力の範囲内のはずよ」


「じゃあ、なんで……」


「ヤシオリと同程度か、それ以上に強大な力があれば、ヤシオリが力を込めた道具の機能は阻害される……アナトミアは、もう気がついているんじゃない?」


 伐木の斧コクモクの言葉に、アナトミアは先ほどの違和感を思い出す。


「まさか、あれは……」


「ガァアアアアアアア!!」


 そのとき、何やら雄叫びのような音が聞こえた。


 アナトミアは一瞬迷うが、その声が聞こえた方に向かう。


 すると、一人の男性が、何かと対峙している。


「……あれは、ドラゴン?いや、石像?」


 ドラゴンの形をした、岩石のようなモノが男性を襲っていた。


「まさか、アレを切るつもり? 私、ああいうのは好みじゃないんだけど……」


「ワガママ言うなよ」


 伐木の斧コクモクは、不満を隠そうとしない。


「しょうがないわね。でも、触れたくないから、飛ばしなさいよ、斬撃」


「言われなくても、そうするよ!」


 アナトミアは、斧をまっすぐ振り下ろす。


 すると、アナトミアの斬撃が飛んでいき、ドラゴンの石像が両断された。


「……さて、とりあえず助太刀をしてみたけど」


 切断したドラゴンの石像と、それに対峙していた男性に近づきながら、アナトミアは少し後悔していた。


(早まったかな。でも、そのままにしておくわけにもいかないし)


 男性が、アナトミアを見て不敵に笑う。


「ふむ。ドラゴンの解体師か」


「……ご無事でしたか、ヴィント王子」


 ドラゴンの石像と対峙していたのは、第三王子、ヴィントだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る