第219話 実験 開始
「くっ……まだだ、まだ状況を打開できるはずだっ……!」
「……鼻に布を詰めている時点で何をしても無駄じゃないですか?」
「確かに!それは盲点だった!」
パラディスはスポーンと鼻から布を取り出す。
「……あぁ!?まだ血が止まってない!?」
「殿下殿下。とりあえず止血!」
「う……ぬぬぬん!!」
パラディスが鼻に手を置くと、バキと、何か割れるような音が聞こえた。
しばらく、そのまま動かなかったパラディスだが、ゆっくりと手を離す。
すると、血が止まった綺麗な鼻が現れた。
「よし! これでどうだ!?」
「さすがは殿下! お見事だよ!」
ヴルカンがパチパチと手を叩いてパラディスを褒め称える。
「ははは。見よ、ドラゴンの解体師殿。美しい鼻であろう。これならば文句はあるまい」
ニコニコと笑いながら、パラディスがアナトミアの方に視線を向ける。
(……しまったな)
王族の話に口を挟むつもりはなかったアナトミアだが、ついパラディスに指摘してしまった。
返答に困り顔を伏せていると、そんなアナトミアの前にオアザが立つ。
「ふふふ……そんなに警戒すると、弱点だって宣言しているようなモノだよ? オアザ?」
「私がドラゴンの解体師殿をどう思っているかなど、とっくに知っているだろう? バハン」
「パラディスだよ、オアザ。まぁ、バハンも僕ではあるけど」
睨みと笑みが、ぶつかっている。
その様子は、2年ぶりの再会を果たした親友同士の会話ではなかった。
「……パラディスよ」
そんな会話を打ち切るように、エアデル王がパラディスに聞く。
「あの丸薬は……『何』だったのだ?」
エアデル王の言葉は、とても重く、苦みに溢れていた。
そのエアデル王の言葉に、パラディスも悲しそうな笑みで答える。
「これは……けんですよ、父上」
「……けん?」
パラディスの笑みが深くなる。
「ええ、『けん』ほら」
パラディスは、ヴルカンが差し出した丸薬から生えた樹木……アナトミアが切り落とした部分を自慢げに掲げた。
「伝説剣エクスカリバー……なんて、幼い頃はよくやったじゃないか? なぁ? オアザ?」
ブンブンと文字通り、幼子が落ちていた木の棒を振り回すように、パラディスは丸薬から生えた樹木を振り回す。
「……それが目的か?」
エアデル王の言葉が、さらに重くなる。
「……え?」
沈み込むように、黒く、深く、どこまでも。
「そのようなモノのために、お前は父を裏切ったのか!!」
エアデル王の言葉が、そのまま形になるように、黒い土が黒い重さとなりパラディス達を襲う。
「ぐぉおおおお!?」
「うぐうう!?」
「おおおお!?」
「ははは!」
チャフとフライアは地面に押さえつけられ、ヴルカンも片膝をつく。
しかし、パラディスは楽しそうに笑っていた。
「流石は王様! 土の魔法使い! 『土の魔法 六十九首 黒雲黒土』を、これだけの強度で発動させるとは……!これだけの力があるのに、なぜ怪しげな丸薬に頼ろうとしたのか……実の息子から渡された薬が、それほど愛おしかったのですか?」
「黙れ!!」
エアデル王の怒気が、さらなる重さとなってパラディスを襲おうとしたが……
「ほいっと」
パラディスが丸薬から生えた樹木を振ると、エアデル王が出した黒い土が消えた。
「それと王様、そんなモノだなんて、ご自身の腕を犠牲にしたモノを卑下してはいけないですよ?これは、こういった使い方は出来るのですから」
自慢げに、パラディスは樹木を振る。
「……他の使い道があるのか?」
おそらくは、他者の魔法を打ち消すという驚異的な能力を見せた樹木の、さらなる驚異にオアザが警戒を露わにする。
そんなオアザに、パラディスは嬉しそうに答えた。
「ふふふ、些細な言動から情報を察知する。それだけの能力があるのに、なんでドラゴンなんかに寄生されたんだろうね」
「……パラディス、貴様……!」
オアザが怒りで自分の拳を振るわせた瞬間、刃が通り過ぎた。
アナトミアだ。
「……囲まれました」
斧を握りしめながら、アナトミアは周囲を警戒している。
そのアナトミアの様子から、オアザも慌てて周囲を探った。
すると、見ることはできないが、確かにオアザ達の周囲に何かがある。
「……霧?」
「この霧は……メェンジン、でしたっけ?」
「はい!! アナトミア様!!!」
すっと、パラディスの横に西の方の国の給仕が着る服を身につけた少女、メェンジンが現れる。
「殿下へのご挨拶が先でしょうに……」
その隣には、理知的そうな少女が呆れた顔をして立っていた。
「何を言っているのですか?リュグナ。アナトミア様は私たちの主になる方ですよ?」
理知的な少女、リュグナは、呆れた顔を戻さない。
「主って……意味が分かっていってますか?」
「もちろんです。パラディス殿下、どうですか? アナトミア様は、御身の隣にふさわしい方だと思いませんか?」
「……は?」
複数の、怒りのこもった威圧的な声が上がる。
もちろん、アナトミアの声ではない。
アナトミアは、呆れて黙っているからだ。
一方、パラディスはメェンジンからの提案を、目を閉じて考える。
「うーん、そうだね。ただ、もう少し試したいかな?」
「では、やはり?」
「始めようか、実験」
トンとパラディスが樹木で地面を叩く。
「……げっ」
その瞬間、地面が消えた。
ぱらぱらと、パラディス達を除き、その場にいた全員が落ちていく。
「これは……」
パラディスによって作られた巨大な穴。
その穴には、メェンジンの霧が大量に溜め込まれていた。
(事前に作っていた?この霧は、たしか、場所を強制的に移動させる……)
「アナトミア!」
オアザが、アナトミアに手を伸ばしている。
しかし、その手を掴むよりも先に、メェンジンの霧がアナトミアを移動させるだろう。
すでに、メェンジンの霧はアナトミアを捉えているのだ。
だから、アナトミアは優先させた。
オアザに、言っておかないといけないことがある。
「……嘘つきですよ」
アナトミアは、パラディスを指さして、そう言った。
「それは……いや、今はそれより……!」
オアザがアナトミアの腕を掴もうとするが、あと少しというところで、オアザの眼前からアナトミアが消える。
そして、オアザ自身も穴から移動させられた。
誰もいなくなった穴を見て、パラディスは面白そうに笑みを浮かべる。
「『弱肉強食』『自然淘汰』『適者生存』『優勝劣敗』……何が残るか、楽しみだ。」
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