第99話 裏にいるのは
「アナトミア姉ちゃん! 大丈夫!? お風呂場で襲われたって……」
部屋の扉を開けると、ナフィンダが心配そうにアナトミアの元へ駆け寄ってくる。
「ああ、私は大丈夫だ。巾着袋は盗まれたけどな。そっちは、火事があったって話だけど……」
「火は消した。ナフィンダが便利な道具を持っていてな」
「コレ。ルフト・ドラゴンを素材に使っていて、周囲の空気を吸い込んで、火を消すんだ」
「なんか、とんでもないモノを使ってないか?」
ぽんと、球体状の道具をナフィンダはアナトミアに渡す。
「あ、そうだ。クリーガルさん、これ、頼まれていたモノです」
「すまないな」
そのまま、ナフィンダはクリーガルに立派な装飾の剣を二本渡した。
「クリークスさんに渡したモノと同じモノです。本職ではないので、素材頼りのモノですが……」
「いや、立派だ。むしろ、そこら辺の刀鍛冶が打ったモノよりよほど上質だろう」
すらりと鞘から抜いて、クリーガルは刀身を確認する。
水面のような刃は、所々ドラゴンの鱗のように輝いている。
「アナトミア」
クリーガルは二本とも刃を確認し終えると、その剣をアナトミアに渡す。
「へ?あの、なんで私に……」
「いや、いつもの解体道具を盗まれて武器が無いだろ?」
「だから、なんで……」
「さてと、着替えも終わりましたし、行きましょうか」
ムゥタンが何やら紙を確認しながら、そう言った。
「行くって、俺たちがどこにいるのか知らないだろう!? 知っているのは、そう! この俺だけ!」
そんなムゥタンの声を聞いて、なぜか縛り上げられているゴレームが元気よく声を上げてビチビチと暴れ出した。
「俺から聞き出すことが!あるだろう!? しかし、俺は口を割らない! さぁ! どうする!? どうする!!」
ゴレームの活きが良い。
シュヴァミアが、ナフィンダの耳を押さえてゴレームを見ないように誘導していた。
「……神域:トンリィンの外れにある村の宿屋。米米屋」
「んぬぅ!?」
「10人ほどで貸し切っているようですねぇ。すぐに逃げられると厄介ですがぁ……仲間想いの『ボンゴレオルーカ』が、素直に逃走を選ぶのか、副団長を助けるために動くのか。もめるでしょうねぇ。人が多いと」
「うぐぐ……」
ムゥタンの指摘は、的を射ているのだろう。
悔しそうにゴレームをうなり声を上げている。
(……あぁ、これが私を悠長に着替えさせた理由か)
アナトミアを落ち着かせる、という理由も本当だろうが、ムゥタンの狙いはどちらかといえばこちらだろう。
(巾着袋を盗んだ奴らの行く先。調べたのは……姿を見せないオアザ様の護衛かな?)
オアザの護衛の中で、姿を見せていない者があと二人いた。
そのうちの一人は、アナトミアの元にいるのだろう。
その護衛から送られた情報を、ムゥタンは確認したのだ。
「……お仲間の命が大切ですかぁ?」
「な、なんだ? 何人で向かうつもりか知らないが、俺たちはトングァンで五指に入る冒険者だ。数人で向かった所で……」
「本当にそうですかぁ?」
「あ……あぁ……」
「なら、いいですねぇ。大人しく、そのままそこで転がっていてくださいな」
何も聞かず、ただ仲間の命は大切かと問うたムゥタンの言葉は、じわじわとゴレームの思考に浸食していく。
目が見えない、動けない、何もできないゴレームに。
「では、行きましょう。場所も判明していますし、竜馬を走らせれば、すぐに着きます。アナトミアさんは私と一緒に乗ってくださいな」
「え? あの……」
「アナトミア姉も一緒に行くの?」
ナフィンダが、シュヴァミアの手を振りほどいて、驚いた顔をしている。
「んー……まぁ……」
「わざわざ襲ってくるような奴らのところに行かなくても、巾着袋なんて、僕がこの前新しいヤツをあげたじゃないか」
心配しているのだろう。涙目になっているナフィンダを見て、アナトミアは、自分の解体道具の事を思い出す。
(巾着袋を指にかけてくるくる回すボンツ……か)
「……行きましょう。ムゥタンさん」
アナトミアは拳で自分の手のひらを打った。
「なんかやる気が出ている!?」
「せっかく落ち着いたと思ったのに……ナフィンダさんが心配する気持ちも分かりますが、私たちはアナトミアさんと離れるわけにはいかないんですぅ。なので、解体道具を取り返すなら、アナトミアさんには同行してもらう必要がありますぅ」
どうやら、護衛の意味も含め、アナトミアを連れて行くようだ。
「……わかりました」
「心配しなくても、冒険者だけなら心配ないですよぅ。それに、冒険者以外がいても、私たちがそこまで心配することではないですねぇ」
「どういう意味です?」
アナトミアの質問に、ムゥタンは部屋の隅で転がっているゴレームを見ながら答える。
「現状、王族に仕える私たちは『ボンゴレオルーカ』の副団長を拘束しています。これは重要な証拠ですぅ。そして、仮に彼らの背後に彼らを雇った者がいて、その者が強大な力を持っている場合。口封じをするなら、弱い弱い冒険者と、王族に仕える強い強いムゥタンさん達。どっちを殺す方が簡単だと思いますぅ?」
「それは……」
ムゥタンの質問に答えるように、声を振り絞ったのは、ゴレームだ。
「女だ! 変な服を着た女が、俺たちに言ったんだ! トングァンの町を助けたいなら、解体道具を盗んで来いって!!そうすれば初代団員も助かるからって!!」
仲間想いの副団長が、動けない自分に出来る精一杯の事だと、情報を話す。
「質問には答える! だから、団長は……仲間だけは……」
「では、その女の名前は?」
「ナメン・ロゼルって名乗っていた」
「……完全に偽名ですね」
ナメン・ロゼル。
意味は名無し、だ。
「他に何か特徴は? どんな話をしていましたか?」
「顔は変な仮面を付けていたからわからない……でも、ある約束をしてくれた」
「約束?」
「ああ、解体道具を盗んでくれば……団長を、ボンツを東の島:オストンの領主にする、と。第二王子ラーヴァ様が約束している、と」
「ラーヴァ」
アナトミアとムゥタン、クリーガルの脳裏に浮かぶのは、一人の男。
「……ヴルカンの差し金ですか?」
「そうでしょうねぇ。女の方にも何人か心当たりがありますぅ」
予想していたことではあったが、どう考えも厄介なことになりそうだと、ムゥタンと二人で、アナトミアは頭を抱えた。
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